『日蓮誕生——いま甦る実像と闘争』No.003

Ⅰ 日蓮の出自について

序説

本論に入る前に、以前「日蓮と政治」でみた考察を整理しておく。

 

まず、日蓮の出自については、安房国長狭郡東条郷の片海の「旃陀羅が子」という日蓮の言及があるだけで、詳細は分からない。しかも「旃陀羅が子」との自称も、実際の立場を指しているとは思えない。

 

理由のひとつは、日蓮がもつ文字の素養である。日蓮の特にその幼少期は、御家人に文盲がいた時代だ。土地や領主に付属し、売買の対象でもあった庶民(下人・所従・田夫)に文字の素養はなく、出家もありえない。

 

二点目に、日蓮に乳母の存在が認められる点である。

 

三点目に、漁事・海事に関心を寄せ、下人や銭貨の使用に慣れるばかりか、名馬や名刀を愛でる態様である。日蓮自身、移動は騎乗だと思われる。

 

以上から推測できるのは、日蓮の家は生粋の坂東武士ではなく、文字の素養がある貴族出身の在所役人か御家人にちがいない。

 

次に弟子・檀那について考察した。日蓮の弟子も由緒正しい家柄である。日昭は伊東氏で、工藤祐経の孫であり、日朗も清和源氏の流れを引く平賀氏であるという。日昭は材木座の祐経邸跡に実相寺を創建し墓所を留め、日朗は平賀邸跡に本土寺を創建している。

 

一方、檀那には、漢文書簡を送った七名の門下がいる。池上宗仲、富木常忍、太田乗明、曾谷教信、波木井三郎、大学三郎、妙一尼である。得宗被官の南条時光や、武家の四条金吾に漢文書簡は送っていない。檀那の中に貴族の家柄が存在したことを確かめた。

 

さらに、日蓮の葬送を確認し、その葬列から檀那の社会的階層を考えた。日蓮門下は将軍家から名門御家人の家臣を包摂する社会階層だった。日蓮の経済力にも、焦点を当てた。日蓮は、後に身延山に一〇〇人を超える弟子らを抱え、五〇〇畳を超す大坊を建設するなど、経済的にも豊かだった。日蓮の遺物も馬六頭、銭二六貫文、小袖一八着等あり、やはり有力御家人に比せる。以上のことを踏まえたうえで、前論では日蓮の出自について、次のように結論した。

 

「日蓮の弟子は、その布教を自らの血縁を中心に行っている。日蓮の教線も、日蓮自身の血縁から伸びたものとみて間違いなかろう」

 

次節から日蓮の出自を探求する。

 

—次回1月1日公開—

 

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