㉜ 森一祐、綜合社、集英社『世界の文学』
小田光雄
前回の最後のところで、綜合社にふれたが、そこでの森祐一の仕事は、鈴木宏の手がけた「ゴシック叢書」や「ラテンアメリカ文学叢書」とコレスポンダンスしていると思われる。
とりあえず、先に『風から水へ』での両叢書に関する鈴木の証言を引く。
《ゴシック叢書》は、今日の幻想文学の源流のひとつであるイギリスのゴシック・ロマンスの代表的な作品と、当時は「ニューライターズ」と呼ばれていた現代アメリカの小説家たちの作品をまとめて出版しようとしたものです。
《ラテンアメリカ文学叢書》の方は、(中略)六〇年代に欧米の読書界にときならぬ「ブーム」を巻き起こしたラテンアメリカの現代文学をある程度まとめて紹介しようとしたものです。
前者の「ニューライターズ」の名前と作品を挙げれば、バース『やぎ少年ジャイルズ』(渋谷雄三郎他訳)、バーセルミ『帰れ、カリガリ博士』(志村正雄訳)、ピンチョン『Ⅴ』(三宅卓雄他訳)などで、もちろん後者もそうだったけれど、これらも本邦初訳だったのである。
ほぼ同時期にゴシック・ロマンスは別にして、各国の「ニューライターズ」とラテンアメリカ文学を目玉とする世界文学全集が企画されていた。それは1976年から79年にかけて出された集英社の『世界の文学』全38巻で、綜合社の森一祐の編集によるものだった。この『世界の文学』は前回の「20世紀の文学」としての『世界文学全集』のバージョンアップ版とでも評すべきもので、新たに収録された主な著者と作品を挙げてみる。
ベールイ『銀の鳩』(小平武訳)、セリーヌ『なしくずしの死』(滝田文彦訳)、ガッダ『アダルジーザ』(千種堅訳)、サングィネーティ『イタリア綺想曲』(河島英昭訳)、カルペンティエール『失われた足跡』(牛島信明訳)、『大佐に手紙は来ない』(内田吉彦訳)、コルターサル『石蹴り遊び』(土岐恒二訳)、バルガス=ジョサ『ラ・カテドラルでの対話』(桑名一博訳)、ドノソの『夜のみだらな鳥』(鼓直訳)、バース『酔いどれ草の仲買人』(野崎孝訳)などで、ここに初めてラテンアメリカ文学の長編が揃って翻訳されたことになる。
私の個人的読書体験を語れば、ガルシア・マルケス『百年の孤独』(鼓直訳)やボルヘス『伝奇集』などはともかく、「ラテンアメリカ文学叢書」で、先にコルタサル『遊戯の終わり』やバルガス=リョサ『小犬たち/ボスたち』などを読み、それから『石蹴り遊び』や『ラ・カテドラルでの対話』へと導かれていったのである。これらも刺激的だったが、最も衝撃を受けたのはドノソの『夜のみだらな鳥』で、エピグラフに挙げられ、タイトルの由来となったヘンリー・ジェイムズの人生は「狼が吠え、夜のみだらな鳥が啼く、騒然たる森なのだ」という言葉とともに、忘れられない作品となった。これが近年まさに水声社から復刊されたことも付け加えておこう。
それならば、このような『世界の文学』を企画編集した森とはどのような人物なのか。幸いにして、『回想の森一祐』(追悼録編集委員会編、綜合社、1985年)が残され、多くの人々がその思い出を語っている。それらの中から、集英社社長の堀内末男の「弔辞」を引いてみる。その前に森の簡略なプロフィルを示す。
森は1931年ピョンヤンに生まれ、敗戦によって九州に引き揚げ、56年に東大仏文科を卒業し、映画のプロデュース、フリーのライター、出版関連の仕事を続け、六七年に綜合社を設立している。
それから十六年に及ぶ、小学館と集英社との深いつながりの中で、出版史を飾るような仕事を、次々と結実された足跡は、感動的といえます。綜合社設立の年に打ち出した「ヴェルヌ全集」全24巻、翌々年の「シムノン選集」全12巻はやがてプレイボーイブックスのエンターテインメント路線にもつながったのでしょうが、何といっても最初の業績は、昭和四十三年「デュエット版世界文学全集」に始まる、質量共に日本一といえる世界文学全集の金字塔でしょう。昭和四十七年の「愛蔵版世界文学全集」全四十五巻。昭和五十一年の「世界の文学」全三十八巻。そして昭和五十二年の「世界文学全集ベラージュ」全八十八巻の成果は、当然綜合社の編集スタッフの努力で生まれたものですが、それを整然としかも愛情をこめて推進されたのは、森さん、あなたのお仕事でした。
この証言によって、どうして集英社から『ヴェルヌ全集』や『シムノン選集』が出されていたのかを了承するのである。また同書にはその編集史とともに「森一祐・略年譜」も収録され、それによれば、1983年に51歳で亡くなっている。さらに巻末には堀内が挙げている各全集などの明細を記した「刊行図書目録」も付され、死後の刊行ではあるけれど、『ラテンアメリカの文学』全18巻も見えている。それはこの『ラテンアメリカの文学』も森の企画によっていることを伝えていよう。
集英社の外国文学書の奥付のところに編集綜合社を見出すことがあるにしても、それが森によって設立され、集英社の企画翻訳書の編集の大半を担ってきたことは、もはやほとんど知られていないと思われるので、ここに一編を記してみた。
—(第33回、2018年10月15日予定)—
バックナンバーはこちら➡︎『本を読む』
《筆者ブログはこちら》➡️http://d.hatena.ne.jp/OdaMitsuo/