- 2020-2-20
- 論創通信, 矢口英佑のナナメ読み
No.22 『子育て算数レシピ』
矢口英佑〈2020.2.20〉
著者の田中真紀は2019年2月に論創社から『子育てレシピ』を刊行しており、本書は「子育て」シリーズの第2弾といったところだろうか。書名が示すように「子育て」がキーワードである。ただ本書には「算数」という文字が見えるため、算数が苦手な子どものための教導本と思われる向きがあるかもしれない。
確かに教導本と言えばそうかもしれないが、それだけを期待して本書を手にすると、肩透かしを食ったように感じるかもしれない。本書は算数の各種問題を解くための指南書ではない。それは「赤ちゃんから小学生まで! 算数に役立つ働きかけ36」という副題からもわかる。
著者は「はじめに」で次のように言っている。
私はなかなか理解のおそい子を育てました。
赤ちゃんの時から、一般の発達目安より遅く、いつも心配でした。
なんとか脳を発達させよう
と思い、できるだけ多くの刺激を与えるようにしていました。そしてどうせ刺激を与えるなら、今、時間のあるうちに、あとで勉強の役に立つように「算数的な働きかけ」をしようと考えました
脳を発達させる刺激となるためにと採用したのが「算数的な働きかけ」だったのである。
教導本ではないと言ったのはそのためで、親が子どもとどうのように接するのが望ましいのかを「算数」という媒介物を使って、諄々と説いた「子育て指南書」にほかならない。
このような視点で本書を見ると、子どもと向き合う親の姿勢こそが問われていることに気づかされるはずである。たとえば「働きかけ」の5番目「足し算引き算の前に 合わせて10」では、次のように記されている。
ママが1と言ったら、子どもが9と言う。
ママが2と言ったら、子どもが8と言う。
ママが6と言ったら、子どもが4と言う。
もちろん初めはわかりませんので、教えます。
10は、1と9、2と8、3と7…に、分けられることを教えます。
小さい子どもを持つママにしっかり聞いてもらい、しっかり記憶にとどめてもらい、しっかり実践してもらおうとしている著者の姿勢がよく見える。また、本書を手にした読者もこのように噛んで含めるように記されると、十分に納得できるにちがいない。しかし、著者の指南はここで終わらずにさらに続く。「両手を見せてもいいし、知育玩具で10個の玉や100個の玉が左右に動くものがあります。そうした道具を使ってもいいでしょう」と。
そして「とにかく、何回も何回も、お買いものの時でも、幼稚園に向かう道々でも、いつでもちょっとやってみる」と、絶えざる実践の勧めをし、「大切なのはスピードです。子どもが瞬時に言えるようになればOKです」とその到達点を示すのである。
ここまで指南が及ぶということは、著者の〝なかなか理解のおそい子を育てた〟経験が生半可な子どもとの向き合い方でなかったことを伺わせてくれる。
親になれば誰であろうと、たとえ漠然としていても、親なりの望ましい我が子像を描くものだろう。その期待する我が子像を実現するために、どのように子どもと関わるのかは、様々だろうが、ともかく「子育て」なるものが待ったなしに始まってしまうのである。そして、親が親として子どもと接するには、いついかなる場合にも努力が必要であることに、すぐ気づかされることになる。
しかし、その努力の中でもきわめて重要な、しかも実行し続けるには、自己の感情を抑制する強い自制心が求められる「忍耐」を著者は繰り返し求めている。一般的によく言われる「手のかかる子」との日々を幼稚園、小学校と積み重ねてきた著者の言葉だけに計り知れない重みがある。
本書は「算数的な働きかけ」をして、脳に刺激を与えることが目的である。そのために長さ、面積、体積、立体図形、速度、割合、確率などについても当然触れられている。しかし、正解を出すことには重きが置かれていない。答えが正しければよいのではなく、その眼目は入り口での働きかけであり、中途での思考方法の重視にほかならない。
著者のこうした姿勢があるからこそ、次のようなエピソードが紹介されているのだろう。
ある日、息子の持って帰ってきた算数のテストは10点くらいでした。そのテストは、ゼロを認識するためのテストだったのか、答えは全部0になる問題ばかりでした。そのテストの見直しをした時に、私は、「これは間違いではないのではないか」と思ってしまうほど、「子どもの考えを聞いてよかった」と思いました
として、「リンゴが3こあります。3こたべました。のこりは何こですか?」という問題に「さら1まい」と答えたようである。その問題は図入りで、皿にリンゴが3つ乗っていたのである。もう1問。「でんせんにすずめが5わとまっています。5わとんでいきました。すずめは何わのこりましたか?」という問題では、「5わ」と答えたようである。その理由は、すずめはどこかで生きているから、というものだった。
このときの著者の子どもへの返事の仕方こそ、算数を媒介とした子育て指南書である本書の核心だと言ってもいいだろう。
「そうか、それならこれは間違ってないかもね」
算数という教科はとかく結果重視になりがちで、親も点数のみに目が向き、その過程をしっかり子どもに沿って考えてみることまではなかなかできない。しかし、こうした場面こそ子どもにやる気を起こさせ、自信を持たせるか否かの分かれ道なのだろう。この後、著者は問題を理解しやすく説明して聞かせたのである。
「この問題は、電線にすずめが何羽残っているかを聞いているのよ」と。
「それならゼロ羽」という答えが返ってきたという。
著者は言う。
よくよく息子に聞いてみなければ、「本当はわかっている」ということに気づけません。(中略)子どもの考えをしっかり聞いてあげて欲しいと私は思っているのです。そして、本当はできていた、ということで、「本当の点数」をつけてあげてください(本書のコラム欄「「がっかり」を見せない、「うっかり」を責めない」より)
本書にはこのようなコラム欄のほかに「ここが大事だニャー」欄がさし挟まれていて、取り上げた算数問題での肝要点に触れた内容であったり、子どもへの働きかけ方や子どもの反応への対応方法などであったりと、子育て中の読者には大いに参考になる意見や体験談が掲載されている。そのほか巻末には、本文で触れた算数問題の「参考問題」や〝働きかけ〟をするのに便利な用具や〝子育て・働きかけ〟に関する「Q&A」なども付されていて、著者の読者への気配りが心憎いほどである。
それにしても子育てには、子どもが持つ無限の可能性を親が心底信じ、優しさとおおらかさと忍耐心と、そして、たゆまぬ創意工夫による働きかけが求められており、「ぼーっとしていられない」という著者の言葉は、子育てが〝期限つきの大事業〟であることを教えている。
(やぐち・えいすけ)
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〈次回、2020.3予定『満洲国のラジオ放送』〉
『子育て算数レシピ』 A5判並製120頁 定価:本体1,400円+税