矢口英佑のナナメ読み #059〈 『豊かな暮らしと〝小さな農業〟』〉

No.59「豊かな暮らしと〝小さな農業〟」

 

矢口英佑〈2022.9.15

 

本書には「安心・安全な食料を小規模で生産する人たち」という副題も付されている。これだけの文字からだが、キーワード的に抜き出せば、「農業」「小規模」「食料」「安心・安全」「豊かな暮らし」とでもなるだろうか。

 

ここからは、小規模農業に取り組み、食の安全を求める「小さな農業」を進めることで、今まで感じたことのない豊かな暮らしを手にしている実践者たちの姿が浮かんでくる。

 

編著者の望月健はNHK総合の「クローズアップ現代+」のディレクターとして番組を制作してきたなかで、日本の農業や林業に対するイメージが「ものの見事に覆された経験」が本書執筆のきっかけになったと記している。日本では「一般的に、生業としての農業には「高齢化」、「後継者不足」、「嫁不足」、「三K」、「儲からない」、「未来がない」などネガティブな印象」があって、望月のイメージとしては、

 

日本には高齢の農家に支えられたあまり将来性のない小規模な農家と、海外輸出やインバウンドの消費市場などに積極的に打って出る大規模な農家がいる。日本農業を牽引しているのは、そうした一部の大規模な農家たちなのではないか

 

というものだった。

 

ところで、総務省統計局『労働力調査』(2022年2月1日)によると、日本の就業者数は、6667万人、農業、林業就業者は僅かに195万人で、前年比2.5%減となっている。社会構造、生産構造の著しい変化で、第一次産業に従事する人が減少し続けていることが言われて久しいが、現在も歯止めがかかっていないのがわかる。

 

それに連動するように、農水省が2022年8月に公表した2021年度の食料自給率はカロリーベースで38%だったという。国内で生産できる食料は4割に届いていないことになる。

 

こうした日本の状況を編著者の望月が把握していたからこその日本の農業に対するイメージであり、おそらく多くの日本人がそうであることは容易に想像がつく。

 

このようなイメージというか、現状把握は間違ってはいない。しかも、この現状を良しとする人はあまりいないだろう。行政側もさまざまな手を打っているのだが、改善されているとは言い難い。上記の統計数字がそれを教えている。

 

言うまでもないが、現在のような日本の状況にしたのは、私たち日本人にほかならない。1945年を境に、私たち日本人の食生活は米を主食とした日本食に西欧的な肉やパン、乳製品が食生活に入ってきた。1970年代、洋食レストランやハンバーガーに代表されるファーストフード店が著しく増加し、それらを歓迎した日本人の食習慣は、よりいっそう西欧化していった。家庭での食事も米と味噌汁という日本食スタイルは一日のうち一回だけがせいぜいか、あるいは「たまに」というのも珍しくなくなってきている。

 

しかし、その一方で、日常よく口にしている大量の国外産生鮮食料品や輸入原材料に対する安全性(農薬、食品添加物、遺伝子組み換え、偽表示等々)を気にする日本人が最近はとみに増えてきていて、食の安全性への関心が高まってきている。

 

歯止めのかからない第一次産業従事者の減少、食糧自給率が40%に届かない日本、日本人が日本で育てた食べ物だけではまったく間に合わない現状に〝これでいいのか〟という思いを抱く人が少しずつ増えてきていても不思議ではないだろう。

 

そうだとすれば、これまでとは異なる方向へ変えられるのも私たちなのではないのか。それを教えてくれるのが本書で紹介されている人びとである。

 

これらの人びとに上記のような第一次産業の衰退を自分たちの手で救うといった高邁な目的があるなどというつもりはない。しかし、確実に言えることは意識、考え方、もっと具体的に言えば、生きていく手段、生きていく目的を見直した人たちにほかならない。

 

私たちが生きている現在の日本を見れば、人間の生存を脅かす現象、事象はあまりにも多い。特に都市部では、人とのつながりがあまりにも希薄であり、孤立感の中で生きている人も少なくない。だが、本書に紹介されている人びとは、そのようなさまざまなマイナス要因がまとわりつく環境から飛び出し、土と自然を相手に、作物作りに生きがいを求めたのである。編著者の望月は次のように記している。

 

  「ある人は、自宅のテラスでビール片手に畑に沈む夕日を眺めながら、また、ある人は、家族総出で稲刈りをする二一世紀の日本とはとても思えないような光景を取材チームに見せつけながら、そして、ある人は、仕事と農業と趣味のサーフィンを満喫しながら、それぞれが、けっしてものすごく儲けているわけではないけれど、かといって文明社会のもたらす豊かさや便利さを否定したり、あきらめたりしているわけでもなく、無理せず、まさに自然に生活を送りながら、「農業ほど楽しい職業はない」と口をそろえて話すのです」(本書「まえがき」より)

 

生きていく手段、生きていく目的を見直した人たちが始めた農業は〝小さな農業〟である。小回りのきく、細やかな気配りのできる農業、可能な限り農薬や化学肥料を使わず、有機栽培や自然農法で作物作りすることが安心・安全な食べ物を求める人びとに歓迎されるのは言うまでもない。

 

一方、彼らには共通点がある。それは自分たちが作った作物についての情報をインターネット上で積極的に発信していることである。また、地域の住民との繋がりや対話を積極的に展開し、その輪をひろげ、商品販売に繋げようとしていることである。言い換えれば、生産者である自分たちの顔が消費者に見えるようにしていることだろう。こうした地域密着型、あるいは遠方であってもネットによって消費者と繋がる密着性が、農家と消費者の関係だけでなく、人間と人間の交わりを醸成していると言えるだろう。

 

さらに「第二章 岐路に立つ日本農業」に見えるのだが、農業をビジネスチャンスととらえる人は少なく、むしろ自己実現の手段として、就農を目指す人たちだということである。第一次産業では努力が正当に評価され、きちんと食べていけるようになることが大事で、良い商品を消費者に届くようにすれば、地域も活性化すると捉えていることである。

 

 「第三章 都市で広がる〝小さな農業〟の可能性」では、地方に行かずとも農業のできる地域は東京にもあることを伝えている。特に本章の末尾の体験者の言葉は、現在の日本を変えていく方向性が示されているのではないだろうか。

「食料自給率が過去最低を記録する中、都会で死ぬような思いで働き続けている人たちが大勢いる現在の日本、自分たちが安心して食べられる安全な食べ物をみんなが作れば、みんながもっと幸せに暮らせるのではないか」

 

人間が求める価値観や幸福感をどこに見出すのか。それは人それぞれだろう。しかし、本書に紹介されている人びとは、お金は生活できる程度にあれば良く、自然を相手に安全な食品を育て、消費者に提供し、喜んでもらえることに幸福感を抱いているのである。

 

大規模で機械を駆使した農業ではなく、小規模で、家族的で、土地にも自然にも無理をさせない農業は生態系の維持にもつながり、地球に、自然界に優しい農業と言える。

 

これは国連食糧農業機関(FAO)がそれまでの農業の近代化・大規模化推進から「家族農業以外に持続可能な食糧生産のパラダイムに近い存在はない」と方向を大転換したことにも重なる。

 

2017年、国連総会で日本を含む104カ国の共同提案による「家族農業の10年」設置が採択されている。小規模農業や家族農業の役割を再評価し、2019年から2028年までを各国で支援政策を整備する啓発期間としたものだが、日本で知る人は少ない。国連で使われている「農業」とは、畜産業、林業、水産業、漁業などを含めたもので、家族の労働力が過半数を占める第一次産業を指している。本書でも〝小さな林業〟について一章が割かれていて(「第五章 災害の頻発で注目される〝小さな林業〟」、〝小さな農業〟と同様の生き方を求めた人びとが紹介されている。

 

〝小さな農業〟や〝小さな林業〟に自分の生き方を見出した人びとは、一部の好事家たちではない。人間の生存に関わるもっとも根源的な「食」にもっとも近づいた生き方を選択した人びとである。また山を守る,森を守るとは同じく人間の生存を維持し、自然の破壊を防ぐことに繋がっている。

 

本書で紹介された人びとは、これからの日本はどこへ向かうべきか、日本人はどのように生きるべきかをみずからの行動で示しているフロントランナーたちに ほかならない。

 

 

 

(やぐち・えいすけ)

 

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