「論創海外ミステリ」創刊から現在まで
国書刊行会から「世界探偵小説全集」が創刊され、第一回配本としてアントニー・バークリーの『第二の銃声』が上梓されたのは1994年12月の事でした。この叢書が海外ミステリファンの支持を得て、クラシック・ミステリの紹介に拍車がかかり、以降、新樹社、原書房、小学館、翔泳社、河出書房新社なども続々と海外ミステリの邦訳書を刊行し、時ならぬクラシック・ブームを招来した事は、未だ記憶に新しい事と思います。
爾来10年が過ぎ、国書刊行会の「世界探偵小説全集」が2007年に全45巻で完結する頃になると、さすがのクラシック・ブームも沈静に向かい、現在では主に原書房の「ヴィンテージ・ミステリ」と「論創海外ミステリ」が残るだけとなりました。
英米の未訳ミステリを中心にした翻訳ミステリ叢書「論創海外ミステリ」は2004年11月に創刊され、2012年11月刊行の『アフリカの百万長者』をもって100巻に到達し、現在も月2冊ペースで配本は継続されています。
第一回配本はジョン・クリーシー『トフ氏と黒衣の女』、モリス・ハーシュマン『片目の追跡者』、E・W・ホーナング『二人で泥棒を ラッフルズとバニー』の三冊でした。
初期のラインナップはミステリ評論家・横井司氏に企画協力を求め、ニューヨーク在住のスタッフと連携をとりながら、F・W・クロフツ、ジョゼフィン・テイ、マージェリー・アリンガムなどの未訳長編の邦訳に務め、例えば、江戸川乱歩が「黄金期の名作」と高く評価したリン・ブロックの〈ゴア大佐〉シリーズも「論創海外ミステリ」で初めて日本語で読めるようになりました。
50巻を過ぎた頃からは未訳長編の紹介以外にも力を入れ、日本独自編纂のアンソロジー企画『シャーロック・ホームズの栄冠』や『エラリー・クイーンの災難』を刊行したり、シリーズ内シリーズ「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」を立ち上げたり、従来の路線を継承しながら、独自企画を取り入れています。
これまでの海外ミステリ史、特にクラシック・ミステリに関わる歴史は、1942年にハワード・ヘイクラフトが『娯楽としての殺人』で示した史観をなぞるようにして受容され、以降はジュリアン・シモンズの『ブラッディ・マーダー』などによってフォローされてきましたが、1998年に刊行された森英俊・編著『世界ミステリ作家事典〔本格篇〕』をきっかけにヘイクラフト=シモンズ史観を絶対視する立場の揺らぎが生じるようになったのは、つい最近の事です。
「論創海外ミステリ」は、海外ミステリ史観の組み換えを促すシリーズとして、また、古くさいとして閑却されてきた作品に新しい光を当てるシリーズとして、今後も本邦初訳ないし新訳・完訳の作品を提供し続けていきたいと考えております。
本格物だけに拘らず、ユーモア物、犯罪小説、スリラー、サスペンス、ハードボイルドの分野も視野に入れ、さらに充実した内容で読者の皆さんのご要望にお応えしていきますので、引き続き「論創海外ミステリ」御愛読のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。