㊺立風書房『現代怪奇小説集』と長田幹彦「死霊」
小田光雄
前回の平井呈一の『真夜中の檻』だけは1970年代に『現代怪奇小説集』が編まれ、その中に収録されていたのである。しかもこれも紀田順一郎と『幻想と怪奇』が関係し、やはり『幻想と怪奇の時代』に証言が残されている。その号は未見だが、『幻想と怪奇』の「日本作家特集」が発端だった。
この日本作家特集を見た立風書房から『現代怪奇小説集』全3巻のアンソロジー企画が持ちあがり、間もなく中島河太郎との共編ということで実現の運びとなった。中島河太郎との交流は学生時代に田村良宏先輩に引き合わされて以来、たびたび墨田区の住居に尋ねていったものだ。一帯はそのころまで水難の多発地帯であったが、対策として書庫を防災仕様とし、入口に銀行の金庫室のような頑丈なハンドルが付けられていたのにはおどろかされた。膨大な蔵書は推理小説ばかりでなく、専門の国文学や民俗学系の文献も多かった。(中略)初対面のころはまだイガ栗頭の高校教師であったが、十数年の間に大学教授としてのキャリアも加わり、共編者として願ってもない人だった。「新青年」の全冊揃いを所持していたところから、私の発掘した作家(荒木良一、杉村顕道、平山蘆江など)を含め、テキストは簡単に揃った。編集と刊行も順調で、版を重ねた。
私が所持するのはそこに書影が示された1974年版の全3巻ではなく、77年の上下本で、これには荒木良一の作品は収録されていない。それゆえに内容も一部改訂された改装版と考えられるが、ここではこちらを用いる。この上下本には小酒井不木の「手術」から始まって、半村良の「箪笥」までの38編が収録されている。未知の作家と作品は伊藤松雄「地獄へ行く門」、伊波南哲「逆立ち幽霊」、杉村顕道「ウールの単衣を着た男」が挙げられる。
紀田は「解説」といえる巻末の「日本怪奇小説の流れ」(これは『幻想と怪奇の時代』にも所収)において、「日本の怪奇幻想小説を、系統的に理解しようとする気運が生まれたのは比較的最近のことに属する」し、近代以前の上田秋成や鶴屋南北を除けば、近代以降の作品に関して「体系づけの視点が定まっていない」と始めている。それは西洋の場合、発生史的にキリスト教との対立概念としての「悪魔主義(サタニズム)」に起源を求めることができるけれど、日本の怪奇幻想小説はそうした「理念的な“核”」を有していない。それもあって、「一般の怪奇幻想文学受容のあり方が、目だって変化するきっかけとなったのは、四十年代初期の江戸川乱歩、夢野久作、小栗虫太郎を中心とする“異端文学”のリバイバル・ブームだった」との判断が提出される。これは私もほぼ同じリアルタイムの読者だったから、実感として受け止められる。
この三人に稲垣足穂、橘外男、久生十蘭、青山滋、日影丈吉、中井英夫なども加えられるであろう。実際に『現代怪奇小説集』にも彼らの作品はそれぞれ収録されているので、それらを挙げておく。江戸川乱歩「人でなしの恋」、夢野久作「難船小僧」、小栗虫太郎「白蟻」、稲垣足穂「ココァ山の話」、橘外男「蒲団」、久生十蘭「予告」、青山滋「怪異馬霊教」、日影丈吉「奇妙な隊商」、中井英夫「薔薇の夜を旅するとき」といったセレクションとなっている。そして忘れることなく、「一人平井呈一だけは、西欧の感覚を日本的風土に生かした作品『真夜中の檻』をのこした」との言が置かれている。
だがここではそれらの作家や作品ではなく、長田幹彦の「死霊」にふれてみたい。それは飯田豊一『「奇譚クラブ」から「裏窓」へ』(「出版人に聞く」12)で、飯田の原点が長田の「零落」にあると語っているからで、これは長田が旅役者の群れに加わり、その体験に基づき、旅役者の生活を描いた作品である。しかしその後、長田は京阪地方に流寓し、京都木屋町の宿に滞留して、祇園の茶屋に遊び、舞妓に親しみ、祇園の風俗、芸妓たちとの交情を描く情話文学の作者として、大正時代にもてはやされるようになる。かつての旅役者の代わりに、祇園の舞妓や芸妓が発見されたのであり、それは文学の通俗さへとリンクし、「遊蕩文学」へと堕していった。その集成が飯田の愛読した円本の『長田幹彦・野上弥生子集』(『明治大正文学全集』33、春陽堂)だったのである。
ところが戦後になって、どのような経緯と事情があってなのか不明だが、長田は1952年に超心理現象研究会を設立し、それを主宰し、『幽霊インタビュー』や『私の心霊術』を刊行している。前者に「死霊」などの六つの作品と座談会の収録があるとされるが、未見であり、紀田は「当時の心霊学流行を反映する書物としても興味ぶかい」と述べている。「死霊」は長田の京都体験、風俗と生活、僧侶の実態、心霊学などが重奏され、戦後の心霊学の位相が様々に織りなされているのだろう。
この『現代怪奇小説集』に先駈け、1970年に同じ立風書房から『新青年傑作選』全5巻が刊行されていたことを思い出し、確認してみると、「責任編集 中島河太郎」とあり、中島の「『新青年』全冊揃い」をベースにして編まれたと考えられる。そのようにして『新青年』もまた再発見されようとしていたのである。
−−−(第46回、2019年11月15日予定)−−−
バックナンバーはこちら➡︎『本を読む』
《筆者ブログはこちら》➡️http://d.hatena.ne.jp/OdaMitsuo/