本を読む #076〈ブロンズ社とほんまりう『息をつめて走りぬけよう』〉

(76) ブロンズ社とほんまりう『息をつめて走りぬけよう』

 

小田光雄

 

1970年代から80年代にかけて、ブロンズ社が多くのコミックを出版していたことを記憶している読者は、もはや少数なのではないだろうか。これは確認していないけれど、ブロンズ社は80年代前半に倒産したはずで、現在はそれを引き継いだと考えられるブロンズ新社があるが、こちらは児童書出版社の色彩が強く、かつてのブロンズ社の痕跡は残されていない。

 

ブロンズ社の1981年の出版目録が手元にあり、それを見てみると、TBSパックインミュージック編「もう一つの別の広場」という10冊以上のシリーズが最初に掲載され、この野沢那智、白石冬美によるラジオ番組が当時人気だったことを思い出した。うろ覚えだが、ブロンズ社は「もう一つの別の広場」シリーズの出版を主として、60年代後半、もしくは70年代前半に立ち上げられた版元だったと思われる。

 

しかし出版目録を点検してみると、その後の多彩な企画の展開を示すように、前回の松本隆『風のくわるてっと』『微熱少年』などの「YOUNGBOOKS」、三井徹『ブルーグラス音楽』や真淵哲、川本三郎『傍役グラフィティ』といった音楽や映画の本に、ドキュメンタリーや評論も加わり、何と豊浦志朗『叛アメリカ史』も出されている。このルポルタージュに関しては拙著『船戸与一と叛史のクロニクル』(青弓社)で言及していることを付記しておく。

 

それらはひとまずおくとしても、1970年代後半からコミックも刊行され始め、『真崎守選集』全20巻に続いて、「ニュー・コミック」というシリーズもお目見えし、ひさうちみちお『ラビリンス』を始めとする新人のいくつもの第一作品集も出されていった。そのコミックシリーズはいずれもB6判並製の書籍としての出版で、「まんがの行けるところまでぼくらは行つてみたい」とうキャッチコピーが付されていたのである。

 

さて前置きが長くなってしまったが、その中の一冊を私は偏愛していて、それは81年のほんまりう『息をつめて走りぬけよう』である。80年代初頭における、まさに「ニュー・コミック」の誕生のように思われた。今見ても、3人の夏のセーラー服姿の女子高生をあしらった表紙と色彩、赤のタイトルは新鮮で、当時の読んだ頃の初夏の季節の記憶が甦ってくる。帯も残っているので、それも引いてみよう。

 

 衣がえの日、俺達の気分も

      もう一枚 衣を捨てた

感じないか? 昨日まで見てきた風景と、今日は何かが違う。街全体が光を放つような。――息をつめて輝きのときへ走りぬける少年たちの心を確かに描く、ほんまりうの秀作。

 

誰なのか、編集者は判明していないけれど、彼が同書の一文を引用しながら、したためたコピーであろうし、ひとつの「まんがの行けるところ」を提出しようとする意気込みがここに躍動していると感じられた。それならば、この『息をつめて走りぬけよう』」はどのような物語なのか、そのアウトラインをたどってみなければならない。

 

物語は朝の通勤通学の満員電車の中で、高校2年の田村が同じ女子高生の川島に足を踏まれたシーンから始まっている。場面が変わると、高校の運動場における体育の授業で、懸垂のできない田村が教師にからかわれ、それにダブって女子高生たちからも川島に痴漢をしたと責められ、殴られたことが想起される。その後で田村は担任に呼び出されるが、それはクラスメイトの松沼が家出したことに関してだった。同様に呼ばれたのは他のクラスの加藤、宮林、倉科の「顔が悪い・・・頭が弱い・・・力が無い・・・と三拍子そろった」「デキンボ」(ダメ男)で、松沼を含めた5人はたまたま模試のマークシートを階段状に塗りつぶしたことから、親しいのではないかと疑われたことによっている。

 

ところが田村にとって松沼にしても、まったく印象は薄く、他の3人に至っては未知の人間に近く、誰もが孤独な存在に他ならないことが浮かび上がってきた。しかしそれは4人を離れ難くさせ、彼らは田村の痴漢冤罪をはらすために、川島のところに抗議に出かけ、謝罪させるに至る。田村は独白する。「この日オレは生まれて初めて他人に殴られた/この日オレは初めて他人を泣かせた/――そしてこの日オレは初めて友人を持った」と。

 

それから4人の少年たちは不良に殴られたことで、ケンカに強くなるために早朝トレーニングを始め、1カ月続けて自信をつけ、不良を襲う。それに勝利を収めるが、昂揚したその帰りにヤクザとぶつかり、割ったビール瓶で刺殺してしまう。それを倉科は警察にたれ込むが、田村は逃げもせず、帯に見えていた「昨日まで見てきた風景と今日は何かが違うんだ」と告白し、少年院へと向かう。だが倉科は試験の成績が悪かったことも重なってか、学校の屋上から飛降り自殺してしまう。それを聞いた田村は少年院の独房で、「たとえ、おもてがどんなに吹きあれようと、風景が光り輝くまで息をつめて走りぬけよう」と思うのだ。

 

70年代から80年代にかけて、コミックにおける不良少年とヤクザの物語は疑似戦争ゲームのようなかたちで、繰り返し描かれ、量産されていた。だが『息をつめて走りぬけよう』はどこにでもいるような少年たちの逆ビルドングスロマンとして、醇乎たる輝きを秘めて出現したように感じられた。それにほんまの戦前を舞台とする『与太』(「現代漫画家自選シリーズ」34、青林堂、1974年)を読んでいたために、思いもかけず新鮮だったのである。

 

その後、ほんまが明治大学漫画研究会をともにした古山寛原作の『漱石事件簿』(新潮社、1989年)、『宵町草事件簿』(同前、95年)は読んでいたけれど、ヤクザ物の大下英治原作『修羅の群れ』(桃園書房)などは『息をつめて走りぬけよう』のイメージが覆されそうな気がして、現在に至るまでふれていない。

 

 

 

—(第77回、2022年6月15日予定)—

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