㉟『幻想と怪奇』創刊号と紀田順一郎『幻想と怪奇の時代』
小田光雄
鈴木宏『風から水へ』で語られ、本連載24でも示しておいたように、鈴木は三崎書房の林宗宏から『幻想と怪奇』のリニューアル編集を依頼され、ボルヘス、クロソウスキー、幻想文学の構造分析という3号分の特集企画を提出したが、休刊になってしまったのである。
鈴木によれば、『幻想と怪奇』創刊号は三崎書房から出されたが、その直後に三崎書房は倒産してしまった。ところが創刊号は「『万』単位で売れたので、このまま廃刊にするのは『もったいない』」こともあり、印刷屋がスポンサーとなり、歳月社の名前で刊行を継続していた。ただこの頃には3千部前後に落ち込み、それでリニューアルが必要とされた。この雑誌の編集責任者が紀田順一郎だったことは承知していたけれど、鈴木は「若さ故の『蛮勇』」から、それを引き受けることになった。だが休刊となってしまったので、これも本連載26のエパーヴからの『même / borges』の刊行へとリンクしていく。
それはともかく、この『幻想と怪奇』の創刊号が手元にあり、1973年4月号の「魔女特集」で、隔月刊と銘打たれ、巻末には紀田と荒俣の両名による「創刊の辞」がしたためられている。それを引いてみる。
欧米の怪奇幻想文学は、小説形式のうちでも最も特異かつ純粋なジャンルであるが、これまでわが国への紹介は必ずしも満足なものではなかった。
じつに、端をゴシックロマンスに発して、レ・ファニュ・マッケン・ブラックウッドから、現代のコスミック・ホラーやファンタジーにまで延々と絶たれぬ怪奇幻想文学の系譜は、今日までその九牛の一毛にもみたぬ部分が翻訳されたのみで、無限に豊穣なる沃野はほとんど未開拓のままに打ち果てられてきた。(中略)
われわれはここに多年の探求と豊富な資料を背景に、このジャンルに理解ある人々の助力を得て読者に“もう一つの世界像”を提供したい。埋れた文献の発掘や研究評論、日本の作家の育成にも力をつくしたいと念願している。
たとえばマッケンの孤塁にも比すべき近代の憂思、M・R・ジェイムズの鏤心彫琢ほとんどその類を見ぬ怪異談の技巧、H・P・ラブクラフトにおける恐怖の詩情、デ・ラ・メアにおける魔道の感受性が、闇の彼方からいまや全貌をあらわそうとしている。(後略)
長い引用になってしまったが、この「創刊の辞」は「我国最初の幻想怪奇文学研究誌」の内容にふさわしいもので、マッケンは「白い人」(饗庭善積訳)、ジェイムズは「魔女の樹」(紀田訳)、ラブクラフトは「妖犬」(団精二訳)、ブラックウッドは「焔の岡」(竹下昭訳)として掲載されている。
それゆえに図らずも「創刊の辞」は創刊号の「魔女特集」の内容紹介ともなっていて、さらに紀田は江戸川乱歩の怪奇小説をめぐって、「人でなしの世界」を寄せている。また荒俣は編として「世界幻想文学作家名鑑」、同じくこれも連載のジャーク・カゾットの『悪魔の恋』(渡辺一夫、平岡昇訳)も始まっている。ちなみに前者は国書刊行会の『世界幻想作家辞典』、後者は『世界幻想文学大系』の第1巻として刊行されることになる。
『幻想と怪奇』創刊に至る経緯と事情は、紀田順一郎の『幻想と怪奇の時代』(松籟社、2007年)で語られている。それによれば、紀田は早くから幻想怪奇小説専門誌を出したいと思っていたが、1972年初秋、神田神保町の三崎書房からオファーが出され、タイトルは『幻想と怪奇』、販売部数は1万部以上で、優秀な専従編集者をつけてもらうことになった。それが創刊号の編集兼発行人早川佳克だとわかる。創刊号は1万部がすぐに売り切れ、そのことで荒俣の他に瀬戸川猛資や鏡明も編集同人に加わることになったのだが、三崎書房から第2号以降は『幻想と怪奇』の専門の小出版社から出したいという提案が出された。紀田はその社名を歳月社としたけれど、その新社長は照井彦兵衛といって、かつての『チャタレイ夫人の恋人』の版元小山書店の役員だったのである。
しかし小出版社ゆえに広告も打てないし、内容も大衆受けするものではなく、部数はじり貧となり、隔月刊としてページ数を減少し、長編の訳載はできなくなり、初期の同人も去り、編集者も交代したが、焼け石に水で、ついに12号でお手上げとなり、『幻想と怪奇』は2年足らずの生命であった。
この雑誌の挫折は紀田を意気阻喪させたけれど、経験的にエンターテインメント路線はたちまち消費されてしまうことに気づいていたので、さらなる異端性をめざす「もう一つの文学全集」の企画、すなわち『世界幻想文学大系』の原型となる書目リスト「世界怪奇幻想文学大系」全37巻に向かったのである。そして紀田はこの企画を手にして出版社回りを始め、それは大手出版社を含め、十社以上に及んだという。
その「最後ヤケ半分」で訪問したのが図書刊行会で、佐藤社長はその企画書に目を通すや、こともなげに「いつからやれますか(中略)うちは即決なんだから。もう翻訳はできているんでしょうね(中着)じゃ、やってください」。それを受けて紀田は書いている。
私は編集者を一人入れるよう約束してもらうと、急な階段をころげ落ちんばかりに駆け下りた。ぐずぐずしていると、社長の気が変わるかもしれないと思ったからだ。編集者というのは、雑誌「幻想と怪奇」の末期に後任として現れた鈴木宏(現水声社代表)である。翻訳出版物の編集に関しては、非常に有能な人だった。このころは私にしても荒俣宏にしても多忙をきわめ、(中略)編集作業に従うことは時間的に不可能だった。その後の数年間、個性の強い訳者、執筆者をなだめすかしながら、裏方としてこの出版を支えてくれた鈴木宏の労を多としなければならない。
ようやくここにきて、鈴木宏が登場することになったのである。
—(第36回、2019年1月15日予定)—
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