本を読む #082〈北宋社と片山健、『迷子の独楽』〉

(82) 北宋社と片山健、『迷子の独楽』

 

小田光雄

 

前回の1983年刊行の石井隆画集『さみしげな女たち』に先行する70年代に、片山健が『美しい日々』『エンゼルアワー』『迷子の独楽』という画帖や画集を出していた。先の二冊は幻燈社、後の一冊は北宋社からの刊行で、『美しい日々』のほうは手元にないが、71年の『エンゼルアワー』と78年の『迷子の独楽』は架蔵している。これらも日本の「バンド・デシネ」的色彩を感じさせるので、ここで取り上げてみる。

 

『エンゼルアワー』は石井の画集と同じ判型、しかも同じ保護用機械函入であり、中央に小さく題簽が貼られているのも共通している。ただひとつだけ異なっているのは千部限定出版であり、表紙と奥付に523と番号が付されていることだが、おそらく造本はともかく、『さみしげな女たち』は『エンゼルアワー』を範として編集されたのではないだろうか。

 

それに拙稿「幻燈社『遊侠一匹』」(『古本屋散策』所収)で既述しておいたように、その発行者は後に北冬書房を立ち上げる高野慎三であった。彼は井出彰『書評紙と共に歩んだ五十年』(「出版人に聞く」)9)に明らかだけれど、『日本読書新聞』を経て青林堂の『ガロ』の編集者となり、それから幻燈社によって『つげ義春初期短編集』を出し、その後の自らの北冬書房版『つげ義春選集』全10巻へとリンクしていったのであろう。つまり『さみしげな女たち』にしても『エンゼルアワー』にしても、高野が関係していたので、両書の共通性は自明ともいえたのである。

 

それに対して『迷子の独楽』のほうは、これも本連載でずっと言及してきた牧神社の渡辺誠が77年に設立した版元で、片山の画集はその翌年の出版だったことになる。その創業の意気込みもあってか、画帖『エンゼルアワー』よりもピクチャレスクで、表紙には高橋睦郎所蔵の油絵、その他にも9点のカラー作品が収録され、判型はA4判だが、まさに画集の趣が強く感じられる。それは幸いにしてそのまま残っている帯の一文にも表出しているし、片山の「画集」の紹介ともなっているので、その全文を引用してみたい。

 

 道に迷って仄暗い”夢魔の森”に足を踏み入れた少年は、その奥で迷子さながら怖るべき事どもを経験する。暗がりのなかに燃えあがる不安な火の夢にうなされ、迫り来るカミソリの刃の鋭い閃きにおびやかされ、キリキリ舞いする独楽のように逃れがたく、眩暈の渦に捲き込まれる――。

『美しい日々』『エンゼルアワー』以来、終始一貫、打ち明けがたい”秘密”の領分に固執しつづけてきた画集、片山健のここ十年の画集を集成した。

 

それまではモノクロームであった「秘密」がカラー作品にあっては天然色の白日夢のようにして出現している。「父子像」は半裸で片腕の皮膚を剥ぎながらペニスを勃起させている父と全裸で直立している少年、無題の三点は母親がミシン仕事をしている背景で、少女が疑似ペニスらしきものをつけ、鏡に映している姿、それに全裸の中年男と少女の出会いと道行、「友だち」は少年と少女のかたわらでペニスを出し小便をしている青年、「さびしい冬」はひとりだけ赤い越中ふんどし姿の少年が宙に浮かんでいる光景、「独楽」は商店街でふんどし姿や半裸の子どもたちが遊んでいる中において、空にも届かんばかりの大きな独楽が回っているというものだ。帯にあるごとく、少年少女たちが「夢魔の森」へと誘われていく光景が描かれているのだ。それらは凶々しいというよりも、不気味なイメージを伴って迫ってくる。

 

片山が「あとがき」で記しているように、「私は次第に犯罪者か変質者の如くなっていった。それで私は大層エロチックな存在となり見えないつむじ風となって午後の校庭や雑踏の中に侵入した。また街じゅうを火の海に化したあとの安らぎや、それに伴うおびただしい寝小便の夜々を夢想したのである。」それらを通じて幻視された世界こそが『迷子の独楽』に他ならないだろう。

 

片山の求めに応じて、これも当時の小出版社である冥想舎の西岡武良が「美しい日々 その他の日々」を寄せ、『美しい日々』におけるバルチュスの世界と共通する戦慄と恍惚、犯罪と猥雑性を指摘している。また片山は「日記」で「ワイセツすたれば、この世は闇だ」とも記している。『迷子の独楽』所収の「日記」ともうひとつの「遠足」は幻燈社の新刊通信らしき「まぼろし草」に掲載されたものとされるので、ここでも片山を通じて北宋社と幻燈社はそのままつながってしまう。

 

それもそのはずで、先述の井出のインタビュー本にあるように、渡辺も『日本読書新聞』に在籍し、編集と営業の相違はあるにしても、高野とも同僚だったのである。そうした文芸書の小出版社同士のつながりと連携によって、次代を担う作者、著者、翻訳者たちが集い、休息し、巣立っていくトポスが形成されていたのである。それは1970年代から80年代にかけてで、いずれ具体的な例を挙げ、言及するつもりでいる。

 

 

 

—(第83回、2022年12月15日予定)—

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