本を読む #088〈高橋徹、現代企画室、山根貞男『映画狩り』〉

(88)高橋徹、現代企画室、山根貞男『映画狩り』

 

                                         小田光雄

 

前回の『漫画主義』同人の菊地浅次郎=山根貞男を映画批評家として認識したのは、1980年に現代企画室から刊行された『映画狩り』との出会いによっている。

 

東映時代劇の看板ポスターに見紛う中村錦之助と藤純子のポルトレをあしらった装幀と赤字のタイトルは斬新で、よく見ると片隅に三角マークの「貞映」とあった。つまりそれは山根貞男の本書『映画狩り』を意味し、その上部には「消えゆく影か幻か/追いつ追われつ闇から闇へ/批評渡世の匕首一つ」との惹句も付され、造本、本文構成も含め、新たな映画書を送り出そうとする編集者と出版社の意欲がみなぎっていた。

 

それもそのはずで、奥付や裏の見返しを確認すると、造本、構成は杉浦康平と鈴木一誌、作画は渡辺富士雄、題字は横山祥三、惹句は関根忠郎とあった。杉浦と鈴木はいうまでもないが、渡辺と横山は東映のポスター関係者と見なせるし、関根は後に山根と山田宏一をインタビュアーとして、他ならぬ『惹起術』(講談社、1985年)を上梓している。ちなみにその帯文には「活字の映画館」とあり、関根の惹句は鮎川信夫と吉本隆明の影響を受けていると語っている。また造本装幀も杉浦と鈴木によるものだ。

 

『映画狩り』の内容は1969年から79年に書かれた東映映画を中心とするアクションと肉体を論じたもので、山根は「年齢的にいえば、わが三十代の決算書」と述べている。それらの映画に関しても言及したいのだが、別の機会に譲り、前回と同じく当時のリトルマガジンと出版状況にふれてみたい。山根は『漫画主義』に寄り添いながらも、その8号にも広告が掲載されていた映画批評季刊誌『シネマ70』(シネマ社)にも属していたからだ。同誌は刊行年が付され、『シネマ69』から始まっていたようで、所持していないが、赤田祐一、ぱるぼら『20世紀エディトリアル・オデッセイ―時代を創った雑誌たち』(誠文堂新光社、2014年)にその第3号の書影が見えている。

 

『映画狩り』の論考の初出はこの『シネマ』の他に、主として『ムービー・マガジン』『映画芸術』『コマーシャル・フォト』で、60年代から70年代にかけては新たな雑誌の時代を迎えて、多くの雑誌が創刊されていた。その時代は現在の雑誌の休廃刊が続く出版状況とはまったく異なり、その創刊とパラレルに新たな編集者と書き手が生まれていたし、『漫画主義』や『シネマ』によった山根たちもそうした人々に数えられよう。

 

それには少しばかり補足説明が必要で、『映画狩り』の奥付表記「高橋徹を編集者とし、株式会社現代企画室より発行」のことから始めなければならない。この高橋の前史は井出彰『書評紙と共に歩んだ50年』(「出版人に聞く」9)で語られているように、『日本読書新聞』の編集者で、『漫画主義』の山根や権藤晋とも同僚だったのである。それにこれは私も「バフチン、エリアーデ、冬樹社」(『古本屋散策』所収)でふれているが、その後冬樹社に移り、パフチン『ドストエフスキイ論』、エリアーデ『シャーマニズム』の翻訳編集も手がけていた。

 

しかし高橋はどのような経緯と事情があってなのか不明だが、1980年代に『映画狩り』に始まる現代企画室での編集者の仕事へと転身していったようだ。その事実はたまたま『映画狩り』にはさまれていた「出版案内」にも明らかだった。そこには「十月から現代企画室の新しい出版企画が発足します」とあり、『吉本隆明を〈読む〉』を始めとする「叢書・知の分水嶺1980’s」「’80年代の感性に語りかける本」として、『映画狩り』などの紹介がなされていた。

 

またその「出版案内」には「1980年6月に前の社主から引きついだ在庫書籍」として、駒田信二の『獣妖の姦』などの小説、『さつきポケット図鑑』といった実用書も掲載されている。『映画狩り』の奥付は発行者名の記載がないので断言できないけれど、高橋が現代企画室を買収するかたちで新たな出版を始めたようにも思われる。だがその後、12冊予告されていた「叢書・知の分水嶺」は数冊を見ただけだし、「80年代に語りかける本」にしても、東野芳明『曖昧な水』、同時代建築研究会編『建築の一九三〇年代』は出版されているが、こちらも続かなかったのではないだろうか。

 

ところがいつの間に、現代企画室は90年代にはラテンアメリカ関係の歴史や文学書を刊行し始めていた。それはこれも1960年代のリトルマガジン『世界革命運動情報』(レボルト社)の編集に携わっていた太田昌国によって担われ、経営者が北川フラムになっていたことを知った。だがそうした現代企画室の編集推移の実態を把握していなかったこともあり、実用書、文芸書、美術書、ラテンアメリカ関連歴史、文学書の翻訳が混在する事情はずっと不明のままであった。

 

あらためて『日本の出版社1992』(出版ニュース社)を確認してみると、現代企画室は1977年創業、資本金2000万円とあり、すでに社長は北川、編集長は太田になっている。これらのことから考えられるのは、現代企画室は77年に設立されたが、80年に高橋たちが買収し、新たな文芸書出版社を試みた。しかしこちらも長くは続かず、美術コーディネーターの北川がさらに買収して引き受けることになったと見なせよう。

 

このようにたどってみると、どうして山根の『映画狩り』がいきなり現代企画室から出版されることになったのかがわかる。冬樹社は『現代日本映画論大系』全6巻を刊行していたこともあり、その編集者が山根と高橋だった事実ともリンクしていたと推測されるのである。

 

(おだ・みつお)

 

 

 

 

 

—(第88回、2023年6月15日予定)—

 

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