本を読む #093〈つげ義春と若木書房「傑作漫画全集」〉

(93)つげ義春と若木書房「傑作漫画全集」

 

                                         小田光雄

前回の辰巳ヨシヒロの『劇画暮らし』と『劇画漂流』にはいずれもつげ義春の処女作『白面夜叉』、及び『暁の銃声』の書影が掲げられ、辰巳がつげに注視していたことを示している。それはつげのほうも同様で、短編誌『影』に注目していたのである。そうした二人の関係は『劇画暮らし』に寄せられた、つげの次のような言葉にも表われていよう。

 

“辰巳ヨシヒロ氏の提唱する劇画は、マンガの世界に初めてのリアリズムの視点を導入した画期的なものだった。マンガを子供の世界から飛躍させ、現在にいたるまで発展させたのは、辰巳さんの功績であることを忘れてはならないと思う。”

 

それに加えて、2000年に創刊された梶井純、吉備能人、権藤晋、ちだ・きよし、三宅秀典、三宅政吉を同人とする『貸本マンガ史研究』第1号の表紙には、同じくつげの『涙の仇討』の書影が使われている。

 

実はつげのそれらの書影そのままの『白面夜叉』『暁の銃声』『涙の仇討』が手元にある。もちろん初版ではないけれど、1992年に完全復刻版『つげ義春初期単行本集』全7巻が刊行され、それを購入しているからだ。他の作品は『愛の調べ』『片腕三平』『熊祭の乙女』『剣心一路』で、発行所は文化の森、限定550部のうちの第393番、つげのオリジナルサイン入り色紙付き、セット定価十万円とあった。

 

『つげ義春初期単行本集』の限定出版は仄聞していたが、高定価なので入手できないし、目にする機会にも恵まれないだろうと思っていた。ところが今世紀に入って、浜松の時代舎で出合ってしまい、古書価も思いのほか安かったこともあり、買い求めた次第だ。

 

これらの初版7冊は東京文京区の若木書房から刊行されている。いずれもB6判上製、丸背、128ページ、定価130円の「傑作漫画全集」シリーズとしてで、その時代の表象というべきカラフルな表紙と造本は、当時の貸本マンガ出版のひとつのフォーマットだったように思われる。先に挙げた3冊に加えて、『剣心一路』は時代劇、『愛の調べ』と『熊祭の乙女』の2冊は少女マンガ、『片腕三平』は柔道マンガであり、『暁の銃声』の「傑作漫画全集」通しナンバーは206で、つげの他にも多くのマンガ家たちが「傑作漫画全集」シリーズに連なっていたことになる。

 

しかし今となってはつげのような例外を除き、それらの全貌を再現することはできないだろう。それでもひとつだけ確認できるのは、大阪の辰巳たちが八興の「日の丸文庫」に参集していたように、東京のつげたちは若木書房の「傑作漫画全集」によってデビューしていたことだ。

 

また『つげ義春初期単行本集』には別冊付録として、「貸本マンガ時代のつげ義春」も備わり、そこには発行者の北村二郎も登場している。彼はつげの作品を出版した若木書房の元社長、それに制作協力が高野慎三と浅川満寛で、高野はいうまでもないが、浅川は辰巳の『劇画漂流』の企画編集者であり、北村は高野とともにつげと辰巳を囲んで、座談会「バック・トゥ・ザ昭和30年代のマンガ稼業」を語っている。

 

とりわけ北村の証言は興味深いので、「傑作漫画全集」などの流通販売の要点を紹介してみよう。だがその前に若木書房のプロフィルを示す。以前にも高野肇『貸本屋、古本屋、高野書店』(「出版人に聞く」8)でラフスケッチしているが、ここでは『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』から抽出してみる。

 

若木書房は印刷所経営の北村龍一郎によって、1948年に創業され、52年に次男二郎が入社する。当初は絵本、マンガの特価本出版だったが、鉄道弘済会にキオスク専門の新刊マンガを定期的に納品するようになった。また関西から始まった貸本屋の隆盛に伴い、特価本業界にも相当の部数を販売するようになり、67年頃までは貸本時代が続き、多い時には月に12点も新刊を出し、多くのマンガ家を世に送り出したとされる。

 

これを先の「座談会」によって補足しておく。若木書房も貸本出版社といわれてしまうが、50年には新刊、特価本の区別はなく、都内や地方の老舗書店は上野の問屋=取次からそれらを仕入れていたので、若木書房もそうした全版の流通販売によっていた。ところが鉄道弘済会から80ページの子ども向けマンガの注文を受け、多い時には月6点刊行し、弘済会に六千部、あとの二千部は上野と大阪の松屋町の問屋に卸していた。

 

それとパラレルに一般書店用に「傑作漫画全集」を出し始め、つげ、水島慎二、遠藤政治が「若木書房の三羽烏」と称されるようになった。また当時の「日の丸文庫」の久呂田まさみがそうだったように、表紙は別の人物が描いていて、「傑作漫画全集」の『暁の銃声』は大城のぼる、その他の6点は岡田晟で、遠藤と岡田はつげの『義男の青春』のモデルとして登場している。さらに特筆すべきは若木書房が「傑作漫画全集」シリーズに続いて、56年に「探偵漫画シリーズ」を創刊したことである。

 

それにはつげの『生きていた幽霊』と『四つの犯罪』が収録されていた。だがこの二冊を初めて見たのは2008年に小学館クリエイティブから完全復刻されたことによっている。それで初めてこれらがA5判の上製単行本であることを教えられた。それに後者はオムニバス集だが、つげは辰巳が『影』の第2号に掲載した「谷底館の人々」の影響を受け、58年に若木書房が刊行した短編誌『迷路』に発表した「おばけ煙突」を描いた。この作品を始まりとして、つげ独自の世界が模索されていたったのである。

 

そうした意味において、つげにとって若木書房との関係は、後の青林堂にも比肩するものだったように思えてくる。

 

(おだみつお)

 

 

—(第94回、2023年11月15日予定)—

 

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