本を読む #96〈佐藤まさあき『劇画私史三十年』〉

(96)佐藤まさあき『劇画私史三十年』

 

                                        小田光雄

 

本連載〈90〉の桜井昌一『ぼくは劇画の仕掛人だった」に続いて、まさに他ならぬ桜井の東考社から刊行された佐藤まさあき『劇画私史三十年』(1984年)を取り上げるつもりでいた。

 

しかし『ブルーコミックス論』(『近代出版史探索外伝』所収)において、すでに『劇画私史三十年』は佐藤の『蒼き狼の咆哮』を論じた際にふれているし、その特異性も考慮し、もう少し後のほうがよいと判断し、今回まで先送りしていたのである。同書は佐藤ならではの「劇画私史」であるばかりでなく、彼の特異なキャラクター、大阪の貸本マンガ出版状況、日の丸文庫と『影』、劇画工房の人々との関係、短編誌と東京の出版社、自らの出版社の設立、大手出版社とコミック誌の創刊などがめまぐるしく書きこまれ、本当に劇画のシュトゥルム・ウント・ドラング期を体現しているといっても過言ではないからだ。

 

『劇画私史三十年』に続いて、佐藤は『「劇画の星」を目指して」(文藝春秋)、『「堕靡泥の星」の遺書』(松文館)も著わしていくのだが、これらは彼の女性関係もあからさまに含まれた私史でもあり、それらのコアは『劇画私史三十年』に求められるので、この一冊に限って進めたい。

 

佐藤が土門拳の写真集『筑豊のこどもたち』を見て衝撃を受け、『黒い傷痕の男』を描き、1961年に三洋社から全10巻を刊行する。実はこれも貸本屋で読んでいるのだが、白土三平の『忍者武芸帳』と同じく端本だけで、全巻ではなかった。『忍者武芸帳』のほうは67年に刊行され始めた小学館の「ゴールデン・コミックス」によって、ようやく読むことができたが、三洋社版『黒い傷痕の男』は現在に至るまで読む機会を得ていない。それは佐藤がこの作品をさらに二回描き直しているので、三洋社版が復刻されていないことにも起因している。私はかつて『筑豊のこどもたち』を出版した「パトリア書店と丸元淑生」(『古本屋散策』所収)を書いていることもあり、それは少しばかり残念だという思いが尽きないのである。

 

そのことはさておき、佐藤は『黒い傷痕の男』を描く一方で、「狂乱としか言いようのない」「短編誌ブーム」が始まり、「狂気の沙汰」の短編誌時代に巻きこまれていく。彼はワンマン誌として、『ハードボイルとマガジン』(三洋社)、『野獣街』『ダイナミックアクション』(いずれもセントラル文庫)、『ボス』(すずらん出版)があり、その他に『影』や『街』や『刑事』にも準レギュラーで描き、『影』を発祥とする「影男」シリーズにしても、他社の短編誌にまで掲載されていった。そのために最も多い月には600枚に達し、「狂気の沙汰」というしかなかった。

 

佐藤の言によれば、「当時の貸本劇画界は戦国時代であった」けれど、すでに「貸本界の崩壊」は始まっていて、既存の出版社に依存しているわけにはいかない状況に追いやられていた。そこで起きたのが桜井昌一との出版社設立計画で、佐藤プロが発足し、桜井は東考社、辰巳ヨシヒロは第一プロ、横山まさみちは横山プロ、さいとう・たかをのさいとうプロ(後のリイド社)と合わせると、劇画家によるワンマン出版社は5社に及ぶことになった。そのかたわらで、兎月書房などは出版停止状況を迎えていたのである。

 

それは版元としての佐藤プロも同様で、貸本屋の減少は経営を圧迫し、貸本業界と出版状況は悪化するばかりだった。そこで佐藤は玉砕も覚悟で、新書版『佐藤まさあき劇画選集』全50巻を企画し、その第1作として、66年に『黒い傷痕』の連載依頼が入り、その一方では青年マンガ誌が創刊され始めた。やはり66年の『コミックmagazine』(芳文社)を走りとして、67年には『週刊漫画アクション』(双葉社)、『月刊ヤングコミック』(少年画報社)、68年には『月刊漫画ゴラク』(日本文芸社)、『月刊ビッグコミック』(小学館)、「月刊プレイコミック」(秋田書店)が創刊されていく。それらと交代するように、66年に短編誌『影』は120号で休刊となっている。

 

ちなみに『ガロ』の創刊は64年、『COM』(虫プロ)は67年であった。つまりいってみれば、56年に八興・日の丸文庫の短編誌『影』を揺籃の地として誕生した劇画は、辰巳ヨシヒロや佐藤たちの東京移住に伴う劇画工房の結成を促した。それに併走するように、東京の貸本マンガ出版社に狂乱といっていい短編誌ブームが起き、彼らはその狂乱の只中へと誘われていった。まさに宿命づけられたようにして。そこには前回挙げた熊藤男を始めとする優れた編集者たちが存在し、短編誌ばかりか多くの貸本マンガを送り出していた。しかし貸本屋の減少は必然的に貸本出版社の衰退とつながり、休業や倒産も起きていた。

 

そのような渦中において、貸本マンガと短編誌によっていた佐藤たちは起死回生の思いもこめ、自らの出版社を立ち上げていったのである。そうした劇画と貸本マンガと短編誌の歴史の中から『ガロ』や『COM』も生まれ、続いて貸本マンガ出版社ではない、取次や書店という所謂正常ルートの雑誌出版社から青年マンガ誌が次々と創刊されていき、現在のコミック全盛の時代を用意していくことになったのである。

 

それらの貸本マンガの歴史をすべて体験してきたのが佐藤まさあきに他ならず、その天国と地獄をも味わってきたといえるであろう。

 

『劇画私史三十年』は醇乎たる回想ではないけれど、その佐藤の戦後貸本マンガ物語として書かれたことになろう。

 

 

(おだみつお)

 

 

 

—(第97回、2024年2月15日予定)—

 

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