- 2023-1-10
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No.66「[完全版]悪霊の館」
矢口英佑〈2023.1.10〉
本書は二階堂黎人の作家デビュー30周年を記念して、再刊された作品である。二階堂黎人と言えば、女性探偵の二階堂蘭子を主人公としたシリーズものが知られており、本書が著者の記念碑的な一書として選ばれたのは大いに納得がいく。その理由は後述する。
著者は1992年8月、女性探偵の二階堂蘭子を主人公とした『地獄の奇術師』を講談社から出版して作家デビューを果たしたが、この時はまだ、サラリーマンでもあったわけで、二足の草鞋を履いていた。その後も『吸血の家』(1992年10月 立風書房 )、『聖アウスラ修道院の惨劇』(1993年8月 講談社)と二階堂蘭子を主人公とした探偵小説を立て続けに刊行し、作家としての足場を築いていった。
こうして1994年にサラリーマンの身分を離れ、作家として執筆業一本に絞った。その1994年12月に立風書房から刊行されたのが『悪霊の館』であった。本書は 2000年4月 に講談社から再刊(同年9月に2刷発行)されていたが、それから22年の時を経て文庫本ではなく単行本として刊行されたことになる。
この論創社版を手にされた読者は、おそらく片手で読むには難しいと感じるその厚さ(総824頁)と重さに度肝を抜かれるのではないだろうか。
講談社文庫の2刷本を底本とした論創社版は、著者によって誤植修正や誤記訂正が施され、さらに巻末資料として「作中で言及された作家・作品の索引」のほか、著者による「デビュー三十周年と『悪霊の館』」と柄刀一の解説が新たに付け加えられている。
「作中で言及された作家・作品の索引」には71項目が挙げられているが、研究書ならともかくミステリー小説にこれほど多くの項目が現れるのは、むしろ異様とも言えるが、そうなる理由があるのは言うまでもない。多くが国内外のミステリー作家やその作品であり、本書内で起きる数々の事件に関わって登場してくることになる。たとえば横溝正史、高木彬光、江戸川乱歩、ジョン・ディクスン・カー(カーター・ディクスン)などはたびたび索引項目に登場しているのも、それだけ二階堂黎人という作家に大きな影響を与えていることがわかり、この作家を理解するための手がかりを著者自身が読者に示している。
同様のことが「デビュー三十周年と『悪霊の館』」でも言え、二階堂蘭子シリーズの代表的な作品がどのように生まれてきたのか振り返りつつ語られている。
特に本書について、著者は次のように記している。
この『悪霊の館』は、遺言もの、大家族もの、双子もの、最良の密室殺人もの、を書きたいという欲張りな考えから生まれた作品だった。これを構想し、執筆するにあたっては、次の四作の影響が特に強かった。
(1)高木彬光『甲冑殺人事件』
(2)カーター・ディクスン『赤後家の殺人』
(3)江戸川乱歩『幽霊塔』
(4)横溝正史『犬神家の一族』
著者みずからが語るように「欲張りな考えから生まれた作品」であり、しかも、著者がミステリー作家として強く影響を受けてきた四作家の作品から一作ずつを参考にしながら本書を書き上げているのである。もっとも高木彬光の『甲冑殺人事件』は幻の作品だったことから「『甲冑殺人事件』とはどんな作品だろうかと推測するしかなかった。勝手に想像を重ね、それがいつしか、私の『悪霊の館』の密室殺人に結実したわけである。副題に<甲冑殺人事件>と表記して良いほど、怪しい甲冑だらけの作品に仕上がった」として、本書の中で重要な仕掛け役を果たすことになる甲冑が高木彬光の「甲冑殺人事件」が幻の作品だっただけに、著者としてはむしろ強い達成感が得られたようで、それが副題に「甲冑殺人事件」と付けても良いほど、と言わしめているのだろう。
そして、本書の柱となっている密室トリックについて、著者はこう言い放っている。
『悪霊の館』の主たる密室トリックは、がっしりした物理的トリックを心理的トリックで補完する形にしてみた。死体の周囲にある甲冑という装飾性も——その必要性も含めて——美しいと思うのだがいかがだろう。
密室殺人の謎解きは二階堂蘭子に任せることにするが、本書でのトリックに対する著者の自信が揺るぎないものであったのは疑う余地がないだろう。
以上が作家デビュー30周年を記念する一書として再刊されたことに納得がいく理由である。
「昭和四十三年の八月、東京都国分寺市に建つ古い西洋館で起こった連続殺人事件は、名探偵・二階堂蘭子が解決した幾多の事件の中でも、ひときわ異常な内容と性格を持つものであった」で始まる第一幕「老婆の死」の「第一章「志摩沼家の人々」は、早くも著者がもくろんだ〝遺言もの〟〝大家族もの〟を予測させている。
舞台は「悪霊の館」と呼ばれる資産家の志摩沼家の古い西洋館。ここに一族として三家族が住んでいた。「奥の院」と呼ばれた老婆が残した遺言には志摩沼卓矢と美園倉美幸の結婚を条件として遺産の相続を認めると記されていた。
この遺言をきっかけに殺人事件が次々に起きていく。
密室で甲冑に守られるようにして横たわる全裸の首無し死体。時計台から転落死する美園倉郁太郎。元住み込みの乳母だった老女の殺害。矢島沙莉と思われるバラバラ死体。その後に起きるワインによる大量殺人では二階堂蘭子も巻き込まれ、死の淵をさまようことになる。
こうした連続殺人事件が起きる中で、それに絡ませるように幽霊や歩く甲冑の出現、中世の魔女狩り、さらにはヨーロッパの歴史にまでとミステリアスな物語は時空を駆け巡るようにして展開されていく。
本書が800頁を超える大作であることも頷けるところだが、さて二階堂蘭子がどのように事件の謎を解くのか。それについては謎のままに残しておくことにする。ただし、恐ろしくも醜い、人間の欲望の果てのとんでもない結末になるということだけは言い添えておこう。
(やぐち・えいすけ)
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