本を読む #094〈完全復刻版『影・街』と短編誌の時代 〉

94)完全復刻版『影・街』と短編誌の時代 

 

                                        小田光雄

 

 あらためて辰巳ヨシヒロの『劇画暮らし』と『劇画漂流』を読み、彼らにとって『影』と『街』に始まる短編誌が画期的にして重要な劇画出版ムーブメントだったことを実感するしかなかった。またそれゆえにこそ、小学館クリエイティブからの完全復刻版『影・街』が50年後に刊行されたことも。 

 

 そこまで意識していなかったけれど、以前に小学館クリエイティブを立ち上げた野上暁『小学館の学年誌と児童書』(「出版人に聞く」18)において、『影・街』などの一連の貸本マンガ復刻が、近代文学館とほるぷ出版による近代文学初版復刻に匹敵するものではないかとオマージュを捧げておいたことを思い出した。もっとも「それはほめすぎですよ」と野上は語っていたが。 

 

 今になって考えれば、農村の雑貨屋を兼ねた貸本屋で最も多く読んだのはそうした短編誌に他ならなかったのである。貸本屋と言っても、5段ほどの棚が2、3本あるだけで、1冊借りる前に数冊立ち読みしていたので、短期間のうちにすべてを読み終えてしまったのである。それらの貸本マンガはきれいではなく、読み古されていた感があったことに当時は想像が及ばなかったのだが、いくつもの貸本屋で使いまわされ、最後に農村の貸本棚へと流れてきたことになろう。 

 

 それは1960年代前後の数年のことで、小学生時代だが、多くが通しナンバーを付された短編誌だったことの記憶も蘇ってくる。それに『影』の場合、その11、12、13号は辰巳が編集長を務め、7千部を超えていたという。また前回もふれたように、『影』に続く『街』の創刊は短編誌『鍵』(三島書房)、『怪奇』『竜虎』(いずれもセントラル文庫)、『ツワモノ』『ジャガー』(いずれも金園社)の創刊を促し、辰巳も作品を依頼されるに至っていた。ちなみに八興日の丸文庫も1958年に時代劇短編誌『魔像』を創刊していた。 

 

 辰巳の『劇画暮らし』によれば、57年の上京後に「短編誌ブーム」は全盛となり、「各社から出版される貸本まんがは、すでにほとんどが短編誌という有様」で、「短編誌が劇画の読者層を表現している」ような状況を迎えていたのである。いってみれば、劇画は短編誌を揺籃の地として誕生し、成長していったことになろう。辰巳関連だけでも、『霧』『摩天楼』(兎月書房)があり、後者の創刊に合わせ、辰巳、さいとう・たかを、佐藤まさあき、石川フミヤス、桜井昌一、山森ススム、K・元美津の「七人の侍」は「劇画工房ご案内」という「劇画宣言」を発するに至る。 

 

 「宣言」はいっている。手塚治虫を主幹として「ストーリー漫画」が急速に発達し、「子供マンガ」の地位を向上させたが、近年映画、テレビ、ラジオの影響を受け、ストーリー漫画の世界にも「新しい息吹き」「新しい樹の芽」が生じたと始め、次のように続いている。 

 

それが「劇画」です。 

 劇画と漫画の相違は技法面でもあるでしょうが、大きくいって読者対象にあると考えられます。子供から大人になる過渡期においての娯楽読物が要求されながらも出なかったのは、その発表機関がなかったことに原因していたのでしょう。劇画の読者対象はここにあるのです。劇画の発展の一助は貸本店にあるといっていいと思います。

 

 これを近代出版史から補足すれば、子供を対象とする漫画は大手出版社の雑誌に代表されるように、出版社・取次・書店という所謂正常ルートの出版流通システムの中で成長してきたが、大人のための劇画はそうした発表雑誌がなかった。そこでそのための短編誌を創刊し、流通販売も書店ではなく貸本屋を主とすることによって、「劇画の発展」を試みていきたいという宣言と見なせよう。 

 

 その劇画工房の体現となる短編誌が1959年創刊の『摩天楼』に他ならなかった。版元の兎月書房は高野肇『貸本屋、古本屋、高野書店』(「出版人に聞く」8)で示しておいたように、清水袈裟人が57年に創業し、さいとう・たかをを『台風五郎』や水木しげる『墓場鬼太郎』などを刊行していた。当然のことながら、辰巳は『劇画暮らし』でふれているが、大阪の日の丸文庫は『影』のライバルとなる『摩天楼』を敵視し、トラブルも生じていた。 

 

 しかし『摩天楼』は大ヒットし、続けて時代物短編誌『無双』を創刊したものの、すでに兎月書房は多額の負債を抱えていたので、沈没寸前の状況にあった。辰巳はさいとうに『無双』の編集を委ねたのだが、あかしや書房の編集者熊藤男によって短編誌『少年山河』が持ちこまれ、劇画工房は『摩天楼』『無双』『少年山河』の3誌を編集発行することになってしまった。これらに『影』と『街』を加えれば、辰巳と劇画工房は5つの短編誌に関わることになる。 

 

 したがって貸本マンガ出版の世界において、トータルすれば、数え切れないほど多くの短編誌を簇生していた。確か『子どもの昭和史 昭和二十年―三十年』(「別冊太陽」、平凡社)にそれらの書影を見ていたことを思い出し、繰ってみると、そこには前述の他に、『迷路』(若木書房)、『ハイスピード』(三洋社)、『Ⅹ』(鈴木出版)、『Gメン』『刑事(デカ)』(いずれも東京トップ社)、『剣』(わかば書房)、『剣豪往来』(児童文化研究会)、『忍風』(三洋社)などがあった。また同時代には少女マンガ短編誌も次々と創刊されていったので、60年前後の貸本マンガはそれらの短編誌が主流となっていたとわかる。 

 

 もちろんそうした貸本マンガ事情を自覚していたわけではないけれど、私もまたそれらの多種多様な短編誌を読むことになったのであり、それこそ『影』『街』『迷路』『魔像』などというタイトルは記憶に残されたことになろう。 

 

(おだみつお)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—(第95回、2023年12月15日予定)—

 

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