Ⅲ 日蓮と政治
日蓮仏法の政治性
おわりに
日蓮の思想は、執権政治を諌めた「立正安国論」に代表される。「正(法)を立て国を安んじる」という主著のタイトルからも明らかなように、日蓮の関心は政治にある。日蓮は仏典とともに唐代の政治指南書である「貞観政要」を携帯し、為政の考察に余念がなかった。
日蓮は、「善悪に付て国は必ず王に随ふものなるべし。世間此くの如し仏法も又然なり。仏陀すでに仏法を王法に付し給ふ。しかればたとひ聖人・賢人なる智者なれども、王にしたがはざれば仏法流布せず」と述べる。日蓮にとって、政権の帰服こそが何よりも優先されるものだった。ゆえに日蓮は幕政に直接、働き掛ける存在であったし、政権側もそれに反応した。
では、日蓮と政権との距離を決定づけた政治的な要因は何であったのか。前期においては、教団が反得宗の旗頭であった名越家と近しかったことが指摘できるし、後期においては、御家人の代表である安達泰盛と日蓮の接近が挙げられる。これについては「日蓮教団の政治的立場」で考察した。さらに佐渡配流を契機とする覚悟で飛躍的な変貌を遂げた日蓮は、自身を根本とする仏教界の再編を目指した。そして、日蓮自身を唯一の「法華経の行者」と規定して中尊に据えた曼荼羅を図現する。後期の日蓮は、それまでの天台僧の立場を捨てて密教との本格的な対決に向かい、政権に自身への帰服を求めた。「日蓮仏法の政治性」では、この教説の展開経過と政治との関係を考察した。
本論によって、日蓮とその教団がいかに幕政との直接の応答の中で、当時を生きたか、新たな日蓮像を提供できたものと思う。
江間浩人
—次回1月1日公開—
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