『日蓮誕生——いま甦る実像と闘争』No.009

Ⅰ 日蓮の出自について

日蓮の出自

これまでの考察を前提に、日蓮の出自を考えたい。条件の第一は、妙一尼を伯母に持つ人物である。第二に、伊東八郎祐光が日蓮を預かるのにふさわしい立場にあることだ。そこで伊東氏の系図を紐解く(下記、表1参照)。妙一尼の弟に伊東祐時がいる。従五位上大和守の伊東三郎左衛門尉祐時である。頼朝から寵愛された工藤祐経の嫡男で、童名は犬房丸。祐経が曽我兄弟に打たれ、討ち手の五郎時致を頼朝が助命しようとした際、九歳だった犬房丸が泣いて異議を唱え、五郎は工藤家で処分された。『曽我物語』、『吾妻鏡』でも著名な人物だ。

 

 

祐時は、その後も頼朝から特別扱いを受け、元服では頼朝が烏帽子親となり、千葉介常重の幕紋月星九曜を譲るように命じた。祐経亡き後、伊東祐親・祐清が治めた伊東荘を本領として伊東氏を名乗り、『吾妻鏡』にも多数の記事が残る。特に注目すべきは、将軍側近としての活躍だ。

 

一一九七(建久八)年三月に犬追物の奉行を一三歳で勤め、一二一六(建保四)年に三代将軍実朝の六字河臨法の仏事に供奉し、一二一九(承久元)年正月二十七日の鶴岡八幡宮参詣にも供奉。実朝の暗殺に遭遇する。同年七月に四代将軍頼経となる三寅の鎌倉下向にも供奉しており、一二二一(承久三)年六月の承久の乱では東海道軍に参陣した。隠岐に流される後鳥羽上皇を幽閉先から護送する。戦乱を通じ御家人の所領は西国に拡大したが、伊東氏も西国各地に所領を有し、名実ともに大御家人に成長した。一二二七(安貞元)年五月の京都大内裏焼失では将軍の使いとして上洛する。

 

幼かった頼経に仕えた祐時は、頼経の成長とともに親密の度を増していく。一二三〇(寛喜二)年正月に頼経は、院宣によって内裏滝口(身辺警護所)を経験のある一一家の子息が担当するよう命じ、祐時も選ばれた。一二三一(寛喜三)年正月の鶴岡八幡宮への参拝では将軍還御の使いをし、翌一二三二(貞永元)年八月十五日の鶴岡放生会では将軍警護の検非違使五人のうちに選ばれている。『吾妻鏡』は「供奉の廷尉は五人に及ぶ。関東においては未だ例あらず。基綱・祐時・祐政(已上五位)、盛時・光村(已上六位)等なり」と特筆している。祐時は、将軍実朝・頼経の「家の子」だったといえるだろう。将軍の「家の子」の評価については、細川重男氏が提示し本郷和人氏が支持したもので、一般御家人や源氏一門の門葉よりも将軍に近いごく少数の厳選された親衛隊である。

 

祐時の最初の妻は土肥遠平の娘で、ここには深い因縁がある。曽我兄弟の仇討にいたる工藤祐経と伯父・伊東祐親との対立の象徴は、祐親が一度は祐経に嫁がせた娘を、勝手に土肥遠平に再嫁させたことだ。その遠平の娘が、祐経の嫡男の妻となる。過去の遺恨を超えた両家の和解だった。

 

ただし、この結婚で生まれた男子は伊東の名門を継承しなかった。祐時が後継を指名せずに亡くなり、将軍家が六男・祐光を惣領に指名したのだ。将軍家が登場するのは異例だろう。官位は従五位下、信濃守の伊東八郎左衛門尉祐光。母は三浦氏とも千葉氏ともされる。

 

私は、日蓮は伊東祐時の子であると考える(下記、表2参照)。日蓮が祐時の子なら、伊東の本貫地を継いだ祐光が日蓮の預かりに任たるのが最も自然である。祐光が日蓮の肉親であればこそ、自身の館の懐に居宅を準備し、敵の多い日蓮の身を最善の防衛で守ったのではないか。

 

 

 

別の視点から見たい。日蓮の弟子の名前は、先の日昭の場合と同様、親の一字を取ることが多い。それは阿闍梨号でも同じだった。例えば日朗。父は平賀有国とされる。『尊卑分脈』では有国の父・有資までしか辿れないが、日蓮が日朗におくった阿闍梨号は大国阿闍梨だった。平賀氏は有義、有資と続く「有」を通字とするから、個人を特定しやすい有国の「国」を日朗に与えたと考えられる。

 

生前の日蓮には、阿闍梨号を持つ弟子が八名いた。弁阿闍梨日昭・大国阿闍梨日朗・白蓮(伯耆)阿闍梨日興・蓮華阿闍梨日持・大進阿闍梨・大和阿闍梨・助阿闍梨・大弐阿闍梨である。日昭・日朗に加えて、先に「両人御中御書」でみた大進阿闍梨も日蓮の親族と思われるが、それ以外に果たして親族は存在しないのだろうか。問題は、大和阿闍梨・助阿闍梨・大弐阿闍梨の三名だ。

 

大和守は、祐時の守護職である。これを名乗りとした大和阿闍梨は、祐時の直系に違いないだろう。また、助阿闍梨は伊東氏の通字の祐である。通字なので、個人を特定するのは難しいが、伊東氏とみていいと思われる。そして大弐阿闍梨だ。伊東氏の系図をみると、実は日蓮を預かった伊東祐光の息子に大弐阿闍梨良海という人物がいる。良海は、祐の通字を使ってないので出家後の名で日蓮の蓮長にあたるものだろう。日蓮の教線が、まず親族に伸びたのは間違いないと思う。

 

真名本『曽我物語』の最古写本が伊東氏の通字をもつ日助によるもので、日蓮宗妙本寺に伝わったのも偶然ではない。

 

 

江間浩人

 

 

—次回7月1日公開—

 

バックナンバー 日蓮誕生

 

 


好評発売中!

関連記事

「二十四の瞳」からのメッセージ

澤宮 優

2400円+税

「西日本新聞」(2023年4月29日付)に書評が掲載されました。

日本の脱獄王

白鳥由栄の生涯 斎藤充功著

2200円+税

「週刊読書人」(2023年4月21日号)に書評が掲載されました。

算数ってなんで勉強するの?

子供の未来を考える小学生の親のための算数バイブル

1800円+税

台湾野球の文化史

日・米・中のはざまで

3,200円+税

ページ上部へ戻る