『日蓮誕生——いま甦る実像と闘争』No.024

Ⅲ 日蓮と政治

 

日蓮仏法の政治性

 

密教破折の曼陀羅

日蓮の教説は、佐渡への流罪以前と流罪後では大きく異なる。日蓮自身も、その点を理解するよう門下に教授している。

 

立教開宗以来、日蓮の批判は念仏と禅に向けられてきた。日蓮は法華第一を説く最澄(伝教大師)の直系を自認しており、その宗派的立場は天台僧である。ところが佐渡以降、日蓮は本格的に密教(真言宗・天台宗)への批判を始める。当時、国事に関わる秘法・祈祷は密教の占有であり、蒙古襲来に備える異国調伏の秘法・祈祷が、朝廷や幕府の命を受けて盛んに行われたからである。法華経を第一とする日蓮にとって、大日経を第一として法華経を下す密教は邪教であったが、天台宗が密教を重用している以上、天台沙門を名乗る日蓮が密教批判を行うことは容易ではない。日蓮は真言宗・天台宗との対決を周到に準備していた。

 

日蓮は佐渡流罪によって、法華経勧持品で予言された法難を、経文通りに受けた仏法史上、唯一の法華経の行者であると自覚する。これは「法華経に帰命した者」、「法華経を体現した者」すなわち南無「妙法蓮華経」であるとの自覚を意味する。南無妙法蓮華経と呼称できる存在は、日蓮を除いて他にはいないという覚悟である。日蓮はこの覚悟のもとに曼陀羅を図顕する。曼陀羅は、そもそも大日如来を根本とする世界観を図示したもので、密教の修法・秘法・祈祷には欠かせない。日蓮は、曼陀羅中央に本尊(中尊)として描かれた絵像の大日如来を、文字による南無妙法蓮華経に改め、「法華経の行者」を本尊とする世界観を図顕したのである。

 

法華経で説かれる虚空会に基づく日蓮の曼荼羅には、宝塔を中央に描いた密教の法華曼荼羅の影響が明らかだが、日蓮がそれまでの伝統的な絵図を捨て、本尊を「南無妙法蓮華経」と文字で示したのは、見る者をしてさまざまに解釈が広がる絵図の持つ抽象性を嫌い、意味内容が明解となる文理のもつ厳密性を必要としたからであろう。徹して文理を重視した日蓮の学究性の反映といえる。

 

いずれにせよ日蓮の曼陀羅の図顕は、大日経を第一とする密教への折伏そのものであった。かつて日蓮は、称名流布に対峙して唱題流布を進め、信仰の対象を阿弥陀仏から妙法蓮華経へ転換して法華信仰の再興を図った。そして今度は、曼陀羅の本尊を大日如来から南無妙法蓮華経に改め、密教に対峙して新たな法華信仰の確立を図ったといえる。この時点で南無妙法蓮華経の意味も、従来の「法華経に対する帰命の誓願」とともに、「本尊たる法華経の行者の表示」という両義性を有することになったのである。

 

日蓮の書簡中、法華経の行者への言及は、佐渡以降に集中する。そこでは法華経を経文通りに実践した如説修行の者とはいったい誰を指すか、という点を繰り返し問題にした。そしてそれは日蓮自身のことであると、ある時は婉曲に、ある時は直接的に表明している。「教主釈尊より大事なる行者」との表現も見られ、まさに末法の仏の覚悟の表出といってよい。日蓮の曼荼羅は、大きさ・書かれた時期・配される諸尊は一様ではない。ただし中尊に配された本尊の南無妙法蓮華経だけは不動であり、やがて日蓮は自らの名を本尊の真下に自署し、花押を記す。公然と末法の仏の覚悟を記したのである。

 

さらに日蓮は曼荼羅の図顕によって、秘法・祈禱についても密教に対峙した。即身成仏に必要な三密(意密、口密、身密)のうち、法華経には口密と身密が欠けているという密教からの批判に対し、日蓮は、意密を「本尊」に、口密を「唱題」に、そして法華弘通の震源となる「戒壇」での授戒儀式を身密に充てて三密とし、それらを密教の三密を超える「三大秘法」と位置づけた。密教からの批判を逆手にとって取り込み、日蓮は秘法・祈祷を唱題に集約する。密教による複雑な儀軌(儀式の規則)による特別な秘法・祈禱からの転換を図ったのである。

 

江間浩人

 

—次回10月1日公開—

 

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特別付録 〈日蓮と池田大作〉

 

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