本を読む #044〈平井呈一『真夜中の檻』と中島河太郎〉

㊹平井呈一『真夜中の檻』と中島河太郎

                                         小田光雄

 

 紀田順一郎の『幻想と怪奇の時代』や岡松和夫の『断弦』では言及されていないけれど、彼らが平井呈一と出会った1960年代前半に、平井の『真夜中の檻』が中菱一夫名義で、浪速書房から刊行されていた。これは同タイトルと『エイプリル・フール』の二編を収録し、その「序」を江戸川乱歩、その「跋」を中島河太郎が寄せている。

 

 この『真夜中の檻』は幸いにして、昭和五十年に荒俣宏の「序 平亭先生の思いで」、平井の「海外怪奇散歩」を始めとするエッセイ、訳書一覧なども収録し、創元推理文庫の一冊となった。創元推理文庫版にも乱歩の「序」と中島の「跋」は掲載されているが、乱歩との関係は本連載37の『世界大ロマン全集』における『怪奇小説傑作集』、それに続く同36『世界恐怖小説全集』を通じて始まったと推測される。

 

 また中島とはこれも1958年にやはり東京創元社から刊行された『世界推理小説全集』のうちのリリアン・デ・ラ・トア『消えたエリザベス』(第65巻所収)、ドロシー・セイヤーズ『ナイン・テイラーズ』(第36巻所収)が発端のように思われる。なぜならば、『世界推理小説全集』はすべての解説を中島が担当していた事実をふまえると、実質的に中島による企画編集だったと考えられるからだ。

 

 これを伏線として、原田裕『戦後の講談社と東都書房』(「出版人に聞く」14)の証言にあるように、中島は1972年からの『世界推理小説大系』にも参画している。その中に平井訳によるディクソン・カー『黒死荘殺人事件』(第10巻所収)、エラリー・クイーン『Yの悲劇』(第8巻所収)、ヴァン・ダイン『僧正暗殺事件』(第7巻所収)などが収録されたのも中島の尽力によっているのだろう。

 

 このような中島との関係から、平井は中島の「跋」にある「地方の旧家に材を取りながら、清新な怪奇を創造した。従来のこけおどし怪談を一蹴するに足る貴重な収穫」、「昭和怪奇文学の前途を卜するもの」として、『真夜中の檻』を提出したと思われる。そしてそれを中島は浪速書房へとつなぎ、平井は永井荷風の一件もあるので、中菱一夫名で発表したのではないだろうか。紀田の「解説」によれば、中菱一夫というペンネームの由来は不明だが、平井の蔵書の大半にこの名が墨書きされているという。

 

 前置きが長くなってしまったけれど、ここでようやく『真夜中の檻』に言及できる。これは平井が戦時中に疎開し、二年間中学校の英語教師の職にあった新潟県北魚沼郡小千谷町での見聞がベースになっているし、他ならぬ平井ならではの日本版『オトラント城綺譚』と見なせよう。

 

 まずは「昭和三十五年孟夏」の日付で、編者の言葉が記され、以下の文章は中学時代からの友人、風間直樹が書いた手記だと述べられている。風間は大学卒業後、都内の有名高校歴史家の専任教師として在職していたが、彼の死後、その手記は同校の生徒図書室の整理戸棚の中から偶然発見されたのである。大判大学ノート一冊に克明な細字で書き記され、黄色の大型封筒に厳封され、その表には編者の宛先が大字で書かれていた。遺書も編者宛手紙もなく、発表の是非に関する個人の遺志はまったく不明だが、「亡友逝きてすでに十有星霜をへた今日」、「ここに編者の独断をもって、あえてこの稀有な体験記をひろく世に問う僭越をおかすことにした。以下がその全文である」と記され、物語が始まっていく。

 

昭和二十X年の夏、わたしはその年はじめて勤めた学校の休暇を利用して、新潟県X宇野沼郡法木作村の麻生という旧家へ、同家に古くからつたわる古文書類を見せてもらいに行った。

 

 この麻生家は三百年前から続いている郷土で指折りの古い家柄で、「わたし」は近世農村経済史を専攻していたことから、その方面の資料調査を目的としていた。「おしゃか屋敷」と呼ばれる当主の喜一郎は郷土の史料保存にも熱心で、市の郷土博物館開設に当たっての出品者だった。「わたし」は恩師の紹介状を先に送り、上野発上越回り新潟行きの列車で東京をたった。

 

 高崎からの先はまったくの未知の土地で、国境の長いトンネルをこえると、見渡す森も山も「人の魂を圧するようなこの重苦しい暗鬱な自然」を浮かび上がらせていた。その描写は川端康成の『雪国』を彷彿とさせ、「わたし」の道行きは泉鏡花の『高野聖』のようでもあり、途中で喜一郎の死を知らされたりした。そうしてようやく麻生家へたどり着いた。そういえば、魚沼とは江戸川乱歩の「押絵と旅する男」の発端の地でもあった。

 

 とほうもなく厚いわら屋根の、とほうもなく大きな長屋門が、三方山に囲まれた小高い台地の夕闇のなかに黒々と立っていた。(中略)これが通称「おしゃか屋敷」、麻生家の入口であった。(中略)広い前庭の正面に建っている広大な家(中略)は家というよりも、むしろ殿堂とか伽藍というものにちかいものであった。(中略)こんな度はずれて大きい―rものは、見る者になんとなく不気味な畏怖の念をいだかせるものだ。(中略)わたしは夕闇のなかにいきなりこのとてつもない大きな建物を見た瞬間、なんだか古代の怪獣でもそこにとぐろを巻いているような奇怪な印象を受けたのである。

 

 これこそは日本のオトラント城と吸血鬼の出現に他ならない。それならばその日本版「綺譚」とは何か。こちらは読んでもらうしかないだろう。

 

−−−(第45回、2019年10月15日予定)−−−

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