本を読む #024 〈林宗宏、三崎書房、『えろちか』〉

㉔ 林宗宏、三崎書房、『えろちか』

                                          小田光雄

 

 鈴木宏は『風から水へ』の中で、佐山哲郎の誘いにより、「H・Mさん」という出版人に出会い、『幻想と怪奇』の編集に携わることになったと語っている。

 

 どうして鈴木が「H・Mさん」とイニシャルで呼ぶようにしたのかの理由は確認していない。だが鈴木はそれだけにとどまらず、彼が三崎書房の社長で、『えろちか』を出していたこと、そこが倒産し、またポルノ系出版をめぐって裁判を抱えていたこと、京大法学部出身なので法律や裁判に強いことなどにふれている。

 

 ここまで明かされれば、「H・Mさん」が林宗宏であることは歴然だろう。林は内藤三津子『薔薇十字社とその軌跡』(「出版人に聞く」10)の中にも姿を見せている。林の三崎書房と内藤の薔薇十字社は資金繰りのために融通手形を交換するような関係となり、他の出版社も巻きこみながら、1973年に両社は連鎖倒産してしまうのである。

 

 さてその『えろちか』は『風から水へ』に、『大衆文化事典』(弘文堂)の立項を引いておいたが、70年代前半には三崎書房の倒産もあって、どこの古本屋でも安く売られていたことを記憶している。しかし内藤が天声出版で編集していた文学的な『血と薔薇』のほうに関心があったので、性風俗の色彩を強く感じさせる『えろちか』には興味を覚えず、購入していなかった。

 

 それを入手したのは5、6年前で、浜松の時代舎から大揃いではないけれど、まとまって入荷したので買わないかという知らせがあったからだ。

 

 その40冊ほどの中には69年7月の創刊号も含まれ、表紙にはクリムトの絵が使われ、帯付きで、「エロティシズムの総合的研究誌」と謳われ、「えろちか創刊!」と記されていた。それは前年に創刊の『血と薔薇』を意識していたことをうかがわせている。巻末には「発刊にあたって」が林名で、次のように述べられている。

 

 〈性〉に対する社会の概念が現代ほど広汎な角度から問われている時代はない。〈性〉は人間とともにあり、人間社会の成立とともにそのタブーが発生した。人間性の解放は、あらゆるタブーからの解放を意味するが、そうした点では、不断かつ執拗な努力にもかかわらず、人間は真の自由をかちえていないのである。

 

 本誌創刊の意図は、いつにかかってそこにある。わたくしたちは究極的な自由を目ざし、ひとりひとり微妙に異なるであろうタブーへの働きかけを、ここにおいて果たそうとする。

 

 それに続いて、『えろちか』の主旨が「〈性〉に関する文献・資料・美術」を取り上げることだとも記されている。このことを示すように、創刊号には枕絵や欧米のポルノグラフィの紹介、本邦初公開の「我が秘密の生涯」、マーク・トゥエインの奇書「1601年」の翻訳、永井荷風の「四畳半襖の下張」の研究などが掲載されている。これらは現在の春画やポルノグラフィ解禁状況から見れば、何の驚きもないかもしれないけれど、1960年代の「〈性〉に関する文献・資料・美術」紹介となるので、それなりに画期的な試みだったといえるであろう。

 

 その創刊号の表3広告には三崎書房刊として、ポルノグラフィにして江戸三大奇書と称される『はこやのひめごと』『阿奈遠加志』『逸著聞集』の既刊、近刊が掲載され、三崎書房の出版志向を伝えている。

 

 それから『えろちか』のプランニングには久保書店の『マンハント』編集長だった中田雅久が加わり、それに合流するようなかたちで、『マンハント』の執筆者である山下輸一、小鷹信光、片岡義男たちも『えろちか』の常連寄稿者となっていったのである。いってみれば、ここで飯田豊一『「奇譚クラブ」から「裏窓」へ』(「出版人に聞く」12)もリンクしていくことになる。それに関しては同書を読んでもらうしかない。

 

 そしてまたこの三崎書房と『えろちか』編集部にいたのが前回の明石賢生、前々回の佐山哲郎で、その後の二人がエルシー企画、アリス出版、群雄社出版へとシフトしていったのはそれらで既述したとおりだ。

 

 ここで林に戻ると、彼は戦後に京大を出て創元社に入り、出版人としての道を歩み始める。それからの経緯と事情は不明だけれど、1960年代半ばに林書店を立ち上げ、マルクーゼ『工業社会とマルクス主義』(片岡啓治訳)、岩田弘編『マルクス主義の今日的課題』といった社会科学書を出版する。私も一冊だけだが、ヴォーリン『一九一七年・裏切られた革命』(野田茂徳他訳)を持っている。本稿とはまったく関係ないけれど、このタイトルはまさに現代がその百年後であることを告げている。

 

 それはともかく、これは私の推測だが、社会科学書の林書店はそれほど続かず、おそらく林は特価本業界の支援を受け、60年代後半に三崎書房設立に至ったのではないだろうか。そして『えろちか』を4年間刊行し、先述したように、73年に倒産してしまう。その時に三崎書房は紀田順一郎と荒俣宏が編集していた『幻想と怪奇』の発売所でもあり、発行元はスポンサーを兼ねる印刷所の歳月社だった。その創刊号は三崎書房から発売され、一万部を超える売れ行きで、三崎書房は倒産したけれど、廃刊するのは惜しいということで歳月社が設立されたのかもしれない。ただ編集者が辞めてしまったので、その代わりに東京都立大の大学院生だった鈴木宏が佐山を通じて、林に紹介され、鈴木は「三号分の特集企画」を提出し、『幻想と怪奇』の編集に関わっていくことになったのである。

 

 その後の林は絃映社を設立し、『幻影城』や『地球ロマン』も創刊していくが、これらについては拙稿「絃映社と三崎書房」(「古本屋散策」159、『日本古書通信』2015年6月号所収)を参照されたい。

 

—(第25回、2018年2月15日予定)—

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