本を読む #069〈あぽろん社と高橋康也『エクスタシーの系譜』〉

(69) あぽろん社と高橋康也『エクスタシーの系譜』

 

小田光雄

 

前回の太陽社、拙稿「垂水書房と天野亮」(『古本屋散策』所収)ではないけれど、1960年代には英米文学を中心とする出版社があり、思いがけない翻訳や研究書を刊行していた。その1社にあぽろん社があり、66年に高橋康也の『エクスタシーの系譜』を出版している。

 

彼は1970年代に入って、『ベケット』(研究社)、『道化の文学』(中公新書)、『ノンセンス大全』(晶文社)などを上梓し、ベケットや英国のノンセンス文学研究者として高く評価されていくが、その記念すべきデビュー作が『エクスタシーの系譜』であった。版元のあぽろん社は京都に位置し、大学の英語教科書出版をメインにしていたと思われる。それに加えてややこしいのは同様のアポロン社という出版社が神田神保町にもあり、混同が生じていたはずだ。

 

私が古本屋で入手したのは70年代前半で、友人の本棚にも見出されていたし、版を重ねていたはずだし、80年代当初にも八重洲ブックセンターに並んでいたことからすれば、ロングセラーだったと考えられる。86年に「筑摩叢書」化されるが、その頃には品切になっていたのであろう。高橋の「新版あとがき」を読むと、これを手がけたのが「旧版の愛読者」の菊地史彦だとわかり、旧知の彼も読んでいたことを確認した次第だ。

 

私は深く英文学に通じているわけではないので、「錯乱の瞬間―エリオットとエロス」に示されたドニ・ド・ルージュモンの『愛について』(鈴木健郎訳、岩波書店)におけるキリスト教的アガペのかたち、及びサルトルのバタイユ論がヤスパースの「存在の裂け目」について語っているが、バタイユの「存在の裂け目」は女性の性器の「裂け目」と象徴的に関連しているという言説に感銘を受けたことを思い出す。

 

それから「愛と死―ロマン主義的曖昧さについての覚え書き」の冒頭である。

 

 エレウシスのデメーテル崇拝、オルペウス教、グノーシス派、マニ教、カバラ派、カタリ派、トルバドゥール、新プラトン派、薔薇十字団、天啓主義(イルミニスムス)などなど、隠密な非公認の神秘主義の伝統がヨーロッパ精神史の表面に出てきたのが、十八世紀から十九世紀のロマン派の時代であった。ロマン派の作家のほとんどは何らかの形でこの流れに足をつっこんでいる。さらに粋をひろげて、ウォルポウル、ラドクリフ、ベックフォード、マチューリン、「マンク」ルイスなどのゴシック恐怖小説家からサドやマゾッホ、それにワイルドやユイスマンス、ダヌンツィオまでを包括する愛と罪と恍惚と苦悩の系譜、つまり「ロマンティック・アゴニー」の伝統を想定すれば、十八世紀末から一世紀末の作家の中で、これに属さないものを見つける方が困難なくらいであろう。

 

この論稿の発表は1964年とあり、初出では「エクスタシーの系譜」が付されていたのだ。それゆえにきわめて早い「非公認の神秘主義の伝統」に基づく宗教と結社、作家と作品チャートに、未邦訳のマリオ・プラーツの『ロマンティック・アゴニー』をリンクさせたものだ。これまで本連載でたどってきた国書刊行会の『世界幻想文学大系』や牧神社の「ゴシック恐怖小説」を始めとする多くの翻訳、平河出版社の『世界神秘学事典』の成立などにしても、この高橋のチャートを抜きにして語れないように思える。それらは1970年代以後の翻訳出版において、「三つの庭―主題と変奏」に引かれたダンの詩のような機能を果たしたと見なせよう。「それに、この場所が真の楽園と思いこめるようにと、/私はをたずさえてきたのだ。」「楽園」には悪魔の化身たる誘惑者「蛇」が必要なのだ。翻訳出版における「蛇」が何であるかはいうまでもないだろう。

 

また『エクスタシーの系譜』はアカデミズムだけでなく、文芸批評の分野にも影響を及ぼしたと考えられる。それは磯田光一の『イギリス・ロマン派詩人』(河出書房新社)で、単行本化は1979年だが、『文芸』連載は73年から始まり、「主要参考文献」として、『エクスタシーの系譜』も挙げられていることからすれば、磯田も高橋のロマン主義をめぐる著作に刺激を受けたことを物語っていよう。

 

『イギリス・ロマン派詩人』の第一章において、磯田は高橋と異なる「もう一つの十八世紀」を置くことから始め、ワーズワス、コールリッジ、バイロン、キーツを論じていく。そこで重なっているのはワーズワスとコールリッジだが、その前者の章タイトルは高橋の「ルーシーとは誰か」に対し、磯田は「失われた戒律を求めて」、後者の場合は「夜と昼の結婚」に対し、「老水夫のゆくえ」である。つまり高橋の愛と性、エロスの形而上学ではなく、磯田はプロローグに最後のロマン派と称したイエイツの墓碑銘の詩句「生にも死にも/冷たいまなざしを投げかけて、/騎手よ、通りすぎて行け!」を引いているように、イギリス・ロマン派の世界を「仮面劇」としてたどっているようにも思われる。それも詩人という名の「畸形児の群れ」としての。

 

そこでの磯田は自らの結婚を秘めたままで、後のリアリストとしての文学史家の顔を垣間見せているようにも思われる。

 

—(第70回、2021年11月15日予定)—

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