本を読む #081〈『ガロ』臨時増刊号「池上遼一特集」と「地球儀」〉

(81) 『ガロ』臨時増刊号「池上遼一特集」と「地球儀」

 

小田光雄

 

ほんまりうの『息をつめて走りぬけよう』には主人公の田村が自分の机の上に鳥籠を置き、それをみつめ、鳥が鳴くのを聴いているシーンが描かれている。そのシーンは反復され、鳥籠や飼われている3羽の鳥の姿も同様である。籠の中の鳥は「デキンボ」(ダメ男)で、どこにも行けない田村たちのメタファーに他ならないだろう。それを物語るように、「息をつめて走りぬけ」た後、田村は籠から鳥を出し、窓から放す。すると最初、3羽の鳥はとどまっていたが、空へと飛び立っていく。そして鳥が異なる世界を味わっているように、田村は「昨日まで見てきた風景」が変わってしまったと告白するのである。

 

この繰り返される鳥籠のシーンをたどりながら思い出されたのは、池上遼一の「地球儀」という作品で、ほんまもそれを意識していたのではないかと思われた。その作品を読んだのは1970年代初頭のはずで、『ガロ』の70年5月増刊号「池上遼一特集」においてだった。当時青林堂からはその他にも『ガロ』臨時増刊号として、つげ義春、滝田ゆう、永島慎二、勝又進、林静一、つげ忠男たちの特集が組まれ、単行本よりも安く入手できたのである。ちなみに定価は200円で、パラレルに刊行され、収録作品も重なっていた、やはり青林堂の「現代漫画の発見シリーズ」や「現代漫画家自選シリーズ」よりも廉価だったし、それらは古本屋でもよく売られていたので、容易に買えたことにもよっている。

 

だが今になって考えれば、『ガロ』の判型と同じA4判の臨時増刊号の各特集は、日本の「バンド・デシネ」的試みではなかったかと思えてくる。それも貸本漫画から「現代漫画」へと移行していく時代を表象していたのではないだろうか。それぞれの作品が1960年代の社会と文化状況を背景としていることもあって、その時代にしか描かれなかった若き漫画家たちの自己評表出的作品に充ちているし、巻末には特集者をめぐる評論や随筆、対談なども収録され、現在と異なる漫画家たちの初発の位相をうかがうこともできる。

 

それはとりわけ池上に顕著で、1970年代後半から小池一雄原作の『I・飢男』や雁屋哲原作の『男組』によって、売れっ子漫画家へと変貌していくわけだが、この「池上遼一特集」に収録された10編は彼の初期作品「白い液体」「夏」を始めとして、世界の不条理を浮かび上がらせようとするものだ。それらの作品は彼が梶井純との対談「救われない状況、苛立つ人々」で語っているように、安部公房『砂の女』やカフカ『城』などの影響が見て取れるし、後の『おえんの恋』(「現代漫画家自選シリーズ」17)とは趣を異にしていよう。

 

そのことは「地球儀」にも共通している。主人公の鉄也は脊椎カリエスで胸を病む少年で、母親に付き添われ、病院に入院している身である。彼がベッドの中から空を見ているところから始まるのだが、昨夜は発熱し、意識ももうろうとなり、うわごとばかりいう中で、地震まで起きていたようなのだ。少年はベッドの脇に鳥籠を置き、そこに地球儀を入れている。それまで飼っていたバードを逃がし、代わりに地球儀を入れたのである。地球儀は医者がパリで買ったもので、鉄也にプレゼントしたのである。医者は鉄也に、自由に飛べるようにと彼が鳥を空へと放ったことで、バードが感謝しているはずだという。そして医者の目に、鳥ならぬ飛行機の飛ぶ空が描き出される。

 

その一方、鳥籠の中の地球儀を見つめている鉄也の、モノローグが続いていく。「オレだけが知っている、この地球儀の秘密。きのうは一日アフリカのジャングルやおまえの生まれたパリなどを想像しながらおまえを眺めてたんだ」と。そしてその裏側にあるニューヨークを眺めようとして、地球儀を回転せると、地震が起き、それが連動していたように思われた。隣の病室にも同じ病のセブンティーンがいて、歌をくちずさんでいるのが聞こえてくる。バードやセブンティーンの言葉の使用から、それらが大江健三郎『個人的体験』や『セヴンティーン』からの援用で、歌はおらくニール・セダカの「おお、キャロル」ではないかと思われる。

 

そのかたわらで、少年の昨夜の回想と独白は続く。地球儀の周囲に霧のようなものを発見し、それを縫って点のようなものがかすかに動いていた。すると次は見開き2ページで、空を飛ぶ3機のジェット機が描かれ、それを彼が鉛筆でつつくと、炎上して墜落していくのだ。医者のほうも母親に語り続けている。隣のセブンティーンも病院の外に夢や希望を抱き続けてきたが、その後、自分は永久に翼を失った鳥ではないかと思い始めたようだと。鉄也のほうも喀血し、母親に地球儀を空から落としてほしいと頼む。隣から歌が聞こえてくるだけで、鉄也は重態に陥ったようなのだ。だが地球儀は落されずにそのまま残され、病院の窓の風景と、最初から落とされ割れた牛乳瓶の散乱が描かれ、そこがクロージングとなっている。

 

半世紀前に読んだ17ページほどの「地球儀」はなぜがずっと脳裏に残り、15年ほど前にリサイクルショップで大きな鳥籠を見つけ、購入してしまった。大きな地球儀が優に入るものだったが、それをそこに入れ、鉄也の夢想の世界へと介入することはためらわれ、そのまま放置して現在に至っている。

 

 

—(第82回、2022年11月15日予定)—

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