タイトル | 堺 利彦 |
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刊行日 | 2002年12月15日 |
著者 | 堀切利高 編・解題 |
定価 | 6,800 円+税 |
ISBN | 978-4-8460-0354-8 |
Cコード | 0021 |
ページ数 | 492 |
判型 | A5変 |
製本 | 上製 |
シリーズ名 | 平民社百年コレクション |
シリーズ番号 | 第2巻 |
内容
平民社創立者の1人である堺利彦の著作を収録する。「半生の墓」をはじめ、平民社創立前後の事情を語る「非戦論で万朝報を退いた時の事」の回想や、妻・美知の最後の日記までも収めた一冊。
著者紹介
堺利彦(さかい・としひこ)
1871(明治3)年1月15日、豊前小倉藩の下級武士堺得司の三男として、豊前国仲津郡大阪村松坂(現・福岡県京都郡犀川町)に生まれ、仲津郡豊津(現・京都郡豊津町)に育った。豊津中学校(現・県立豊津高校)を卒業、1887(明治20)年、第一高等中学校(のちの一高)に進むが中退。大阪で高等小学校教員、次いで新聞記者となる。この時期文学に深く傾く。のち上京し新聞記者、毛利家の防長回天史編輯時代を経て、1899(明治32)年、万朝報に入社。1903年10月、日露開戦の危機に際して、非戦論を堅持し、主戦論に転じた朝報社を秋水とともに退社。平民社を結成。週刊『平民新聞』を創刊する。1933(昭和8)年1月23日に死去。
堀切利高(ほりきり・としたか)
1924年東京浅草に生まれる。府立三中、第一早高を経て、早稲田大学理工学部応用化学科卒業。のち法政大学文学部日本文学科に学ぶ。平民社資料センター所長。
1871(明治3)年1月15日、豊前小倉藩の下級武士堺得司の三男として、豊前国仲津郡大阪村松坂(現・福岡県京都郡犀川町)に生まれ、仲津郡豊津(現・京都郡豊津町)に育った。豊津中学校(現・県立豊津高校)を卒業、1887(明治20)年、第一高等中学校(のちの一高)に進むが中退。大阪で高等小学校教員、次いで新聞記者となる。この時期文学に深く傾く。のち上京し新聞記者、毛利家の防長回天史編輯時代を経て、1899(明治32)年、万朝報に入社。1903年10月、日露開戦の危機に際して、非戦論を堅持し、主戦論に転じた朝報社を秋水とともに退社。平民社を結成。週刊『平民新聞』を創刊する。1933(昭和8)年1月23日に死去。
堀切利高(ほりきり・としたか)
1924年東京浅草に生まれる。府立三中、第一早高を経て、早稲田大学理工学部応用化学科卒業。のち法政大学文学部日本文学科に学ぶ。平民社資料センター所長。
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