#98〈水木しげる『地獄の水』、暁星、門野達三〉

(98)水木しげる『地獄の水』、暁星、門野達三

 

                                        小田光雄

 

 

2008年に小学館クリエイティブから水木しげるの『地獄の水』が復刻されているが、これにはいささか驚いてしまった。

 

それは水木名ではなく、東真一郎名義で暁星から出版された一冊である。暁星は台東区浅草蔵前、発行者は門野達三で、奥付に発行年月日は記載されていないけれど、1959年の出版だと思われる。

 

この『地獄の水』は「暁星まんがシリーズ」の一冊で、『怪獣ラバン』に続く二冊目であり、もう一冊『恐怖の遊星魔人』も出されたという。奥付のところに、同シリーズの既刊本が挙げられているので、それらのタイトルと作者を示しておこう。青木たかし『スピード太郎の冒険』、雨沢道夫『完全密室』、ゆりれいじ『悲しき星の下に』、武淵タケシ『深夜の非常線』、水戸左近『三本足の黒猫』『地獄の銃眼』『吸血鬼二重仮面』、山路行夫『亡者の復讐』、島田まさお『はりきりお花どん』、山口秀雄『拳銃と黄金』である。

 

これらは「暁星まんがシリーズ」の10から21で、その後の水木=東名義の『恐怖の遊星魔人』の刊行を考えれば、30点近くまで出されていたのではないだろうか。ただ水木にしても、『恐怖の遊星魔人』にまみえたのはその出版からの三十数年後だったようで、戦後の貸本マンガの謎と全貌はまだ明らかになっていないと思われる。

 

それでも松本零士『漫画大博物館』(ブロンズ社)の収集を始めとして、古川益三のまんだらけによる発掘、貸本まんが史研究会の探索などの成果が相乗することで、小学館クリエイティブによる貸本マンガ復刻も可能になったのであろう。これらの探書にもそれぞれの物語が付随しているはずだし、私などからは想像を絶するような苦労とエピソードが積み重なっているにちがいない。小学館クリエイティブの設立と貸本マンガ復刻事情に関しては、野上暁『小学館の学年誌と児童書』(「出版人に聞く」18)に詳しいので、ぜひ参照されたい。

 

それらのことに加えて、貸本マンガの版元自体も解明されているとはいい難く、暁星という出版社も、ここで初めて知った。『地獄の水』の付録ともいうべき「地獄の水読本」において、山口信二(関東水木会代表)は「『地獄の水』の頃」で、当時の出版事情にふれている。

 

 出版業界といっても、貸本自体が零細企業で、町の商店主と変わらぬ規模だったので、兎月書房の支払いも悪く、描けば描くほど生活苦になるようで、活路を求めて他の出版社へ作品を持ち込んだのは生きる糧を求めての当然の摂理だった。そんな中で他の出版社に持ち込んだ第一号作品『怪奇猫娘』を緑書房から出版し(ほかに『0号作戦』)、次に綱島出版で二冊を出版した(『プラスチックマン』『スポーツマン宮本武蔵』)。そうした後の三社目が(株)暁星での出版となる。

 

そのきっかけは兎月書房から『怪獣ラバン』をはねられたことで、暁星に持ちこむと採用され、続けて『地獄の水』『恐怖の遊星魔人』が刊行の運びとなったとされる。『怪獣ラバン』と『恐怖の遊星魔人』は未見だが、『地獄の水』を読むと、水木の紙芝居で培われた見開きのオープニングページと大きなサイコロ、及び目玉に対する執着は特出しているし、後の「鬼太郎」シリーズへとリメイクされた必然性も了解される。またそれゆえに復刻に至ったことも。

 

ところがである。版元の暁星は『恐怖の遊星魔人』刊行後、経営者の門野達三が急死し、倒産してしまったようなのだ。実はこの復刻が出された頃、拙稿「知られざる金星堂」(『古本探究Ⅱ』所収)を書き、大正時代から昭和初期にかけての新感覚派の文芸誌『文芸時代』、及び川端康成『伊豆の踊子』、横光利一『御身』の版元である金星堂に言及している。それらの出版活動を支えたのは営業を担っていた門野虎三で、彼は『金星堂のころ』(ワーク図書、昭和四十七年)を上梓し、金星堂時代を回想している。その後拙稿も参照され、『金星堂の百年』が刊行に至り、そこで門野は顕彰されているし、私も『近代出版史探索Ⅵ』1143などで、門野が大阪本と称される立川文庫や赤本、楽譜や歌本などを売り捌き、それが文芸書出版の資金繰りを支えていたことを実証しておいた。しかも門野は浅草の赤本筋とも通じていたのである。

 

その門野は昭和五年に金星堂を辞め、取次の門野書店を興し、戦後になって山本周五郎などの時代小説の出版、児童書のなかよしえほん社、学参の学習書房を手がけていたようだが、後継者もなく廃業したと伝えられている。そこで暁星と門野達三ということになるのだが、貸本マンガと浅草というアイテムにしても、虎三が手がけていた赤本の系譜に連なるものであり、時代小説、絵本、学参にしても同様だったし、大阪貸本マンガ界にしても、流通販売を通じてリンクしていたのである。

 

版元名の暁星とは金星堂の一字を採ったと推測されるし、門野達三とは虎三の息子、もしくは縁戚に連なる人物だったのではないだろうか。それもまた知られざる貸本マンガ出版社の実相のようにも思われる。

 

実際に『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』において、暁星は組合設立時のメンバーで、昭和27年から35年まで達三は全版の役員リストに連なっている。だがそれ以後は見えないことからすれば、前述したような達三の急死と暁星の倒産は符合する。だが虎三との関係は明らかではなく、貸本マンガ出版社の謎も錯綜しているというしかない。

 

 

 

—(第99回、2024年4月15日予定)—

 

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